第2章 chapter 2
それからあっという間に、2ヶ月程の春休みは過ぎ去り…新学期が幕を開けた。
その新学期になって、多くの人で賑わう中庭を足早に通り過ぎ、俺の学科のある棟とは反対側にある別棟へ向かった。
俺の目当ては、あの約束――。
智くんと交わした春休み前の約束を果たす為に、美術室へ向かっていた。
あれから、ずっとずっと待っていた。春休みが開けるのを。
春休みに入る前は、早く春休みにならないかと懇願しながら一日一日を過ごしていたというのに。
追試の最終日に彼と約束を交わしてしまってから、それは変わった。
別棟に足を踏み入れ、階段を上がると新学期で人が多い筈なのに、そこは嫌なほど静寂が漂っていて。
そして何故か寒気がした。
けれど、この階段を登った先の美術室に彼がいるのだと思うと、そんな寒気も吹き飛んでしまう。
「着いた…」
美術室の部屋の前に立って、軽く深呼吸を済ませたあと、扉を2回優しく叩いた。
そうすると、中から間延びした声が聞こえてくる。
『はぁ〜い』
別に返事なんてしなくていいのに。その間延びした声は、あの日聞いた彼のものだったから、思わず笑ってしまった。
ゆっくりと扉を開けて、中を覗くと大きなキャンバスの前に腰掛けて、絵筆を握る智くんの姿があった。
「どうも、約束を果たしに来ました」
「あ…どうも」
俺の姿を捉えた智くんの瞳は、俺を見た瞬間に陽だまりのような笑顔に変わった。
それまで、自身の描いている絵に真剣だったのに…。
そう思うと何故か胸の辺りが、ふわりと暖かくなる。
「どうぞ、中に入って…?」
「失礼します…」
そんな胸の疼きに、頭を傾げながらも俺は、招かれるまま美術室へ入った。
扉を開けた時から、鼻を掠めていた絵の具や、木工の香りが、部屋に入った途端に強くなる。
こんな香りに包まれながら絵を描いている智くんを想像すると、自然と笑みが零れた。
「汚いところでごめんね…?」
「ううん、あんまり美術室とか入った事ないから新鮮だよ」
「翔くんはそんな感じするもんね」
「あ、俺のこと翔くんって呼んでくれてたの?」
ぽろりと彼の口から溢れた俺の名前に、即座に反応すると、智くんは耳をあの時のように真っ赤に染めて。
「う、ん…なんかごめんね?」
って、照れくさそうに俺を見上げた…。