第2章 chapter 2
照れたように俺を見上げる智くんの表情は、俺の心を鷲掴みにしたように、ぐさりときた。
この時から俺は、この智くんから放たれる独特の優しい雰囲気の虜になっていたんだと、今なら思える。
「い、いや…嬉しいよ、そんな風に呼んでくれてさ」
「そう?なら良かったのかな…」
「うん…」
俺と智くんの間に流れる、謎の甘い空気。
その当時の俺には、それが耐え切れないほどの恥ずかしさで。 慌てて話題を変えた。
「あ、そうだ。 智くんの絵、見に来たんだった」
「そっか、そうだね…何だか恥ずかしいんだけど、こっちに来て」
「おっけい…」
智くんの後ろについて歩きながら、少し奥まった部屋に案内された。
そこには、サークルの人達が描いたであろう絵画が、所狭しと並んでいて…その数の多さに、圧倒された。
智くんは、その数ある絵の中から一枚のキャンバスを取り出すと、俺にそれを見せるように絵を向けてきた。
「これ、なんだ」
「わ、ぁ…」
さほど大きくもないキャンバスに描かれていたのは、海底から見上げる海。そこに広がる、濃く深い青と、沢山の魚や海の生き物達。迫力があった、魅力があった、智くんの優しさが感じられた。
小さなキャンバスの上に広がる海は、壮大で絵のわからない俺にでも伝わる作者の温もり…。
どこを見ても、泣けてきそうな程…繊細で、まるで自分が海の中から地上を見上げているようだった。
「智くんは、凄いね…」
圧倒されたまま、そう呟くと、また照れくさそうに今度は鼻の頭を撫でながら答えてくれた。
「翔くんにそんな事言ってもらえて、嬉しいよ…」
「智くんは海が好きなの?」
「うん、大好き…」
「そっか」
『大好き』だと自信を持って紡がれた言葉に、惹かれた。
それから二年後、彼はこの世から忽然と消えたんだ――。