第3章 chapter 3
もう二度と触れられないと、その姿を見ることはないと思っていた。
でも、今確かにこの腕の中に、彼は存在する。 大きな音を立てて心臓を打ち、俺の耳元で息をして、生きている。
自分の腕の中に感じる温もりを、離すまいと強く抱き締めていたら、智くんが苦しそうに俺の背中に回した腕で、背中を叩いてきた。
「しょう、くん…人に見られちゃう、よ」
「あ、あぁ…ごめん」
我に返って、謝りながら智くんを腕の中から解放した。 智くんに言われてから気付いた。ここが潤の通う幼稚園の近所だということを。
潤の友達のママさん達に見つかっては、潤に迷惑がかかる。親の都合で潤を悲惨な目に合わせたくない。
智くんは、そんな俺の考えを汲み取ってか、ふわりと暖かく包み込むような笑顔で俺に問い掛けてきた。
「良かったら、僕の家…来る?」
「え、良いの…?」
「もちろん、久しぶりに逢えたんだから…話したい事、沢山あるでしょ?」
「そう、だね…」
「じゃあ決まりだね、僕の家ここから遠くないから…行こう?」
「ああ…」
8年間も姿をくらましていたと、死んだと伝えられていたのに。 智くんはそんな事を微塵も感じさせずに俺を家へと誘ってきた。
そうだ、話したい事は沢山ある。 今までどこにいて、どんな生活を送っていたのか。 どうしてまた、俺の元へ舞い戻ってきてくれたのか…。
俺は、頭の中でそんな事を考えながら、あの時と変わらない歩幅で歩く智くんの横を連れ立って歩いていた。
数分歩いた頃、智くんが立ち止まって俺を見上げてきた。
「着いたよ、古くってごめんね?」
「そんな事、気にしないよ…」
照れくさそうに笑った彼に、ぎこちなく笑みを返しながら、俺は智くんの部屋へと招かれた…。