第3章 chapter 3
古い、とは言っても入った智くんの部屋は、狭くもなく綺麗に物が整っていた。
整っている、というか。物が無さすぎる、と言う方が正しいだろうか。 今のこの部屋には何ひとつ、生活感が出るものがない。 智くんが大好きだったはずの『絵』さえも。
この部屋には、『智くん』という人物を象るものが、何も無かった。
部屋にあるのは、テーブルとソファ。冷蔵庫と、テレビくらい。そのテレビでさえ見ているのか怪しいくらいだった。
廊下を歩いていた時に、もう一つ部屋があったけど、そこは寝室なんだろう。
「智くん、ちゃんと生活出来てる…?」
思わず心配になって、口から出た言葉。 それに驚きはしつつも、笑いながら答えてくれた。
「出来てるよ、僕をなんだと思ってるのさ…」
「いや、だって…家電とか全然ないし」
「ああ、それは僕引っ越してきたばっかりだから」
「え、そうなの…?」
思わぬ答えに、唖然とはしたけれど、それならこの何も無い部屋にも納得がいった。
…なんだ、まだ越してきたばかりだったのか。 なんか何も無いとか思って失礼だったな。
心の中でそう謝って、キッチンに立つ智くんを伺い見た。
「コーヒー、飲む?」
「うん、頂こうかな」
「おもてなし出来なくて、申し訳ないけど…許してね」
「だから、そんな事気にしなくて良いって」
「そう? なら良いけどさ…」
俺は、ソファに座りながら、もう一度この部屋を見渡した。今の智くんが生活している場所。
そう思うと、何故だか心がざわりと揺らめいた。
空気を吸い込むと、鼻に吹き抜ける、智くんの匂い…。 それが俺の事を落ち着かせなくさせるのは、今も昔も変わらないんだな。
越してきたばかりだと言っていたことには、納得したけれど…やっぱりこの部屋に『絵』がない事が気になって。
「はい、コーヒー」
「ありがとう…」
「どういたしまして」
俺は、コーヒーを運んで来てくれた智くんに言葉を投げ掛けた。
「あのさ、智くん」
「…ん?」
「絵、辞めちゃったの…?」
「………っ」
俺がそう聞いてから、暫しの沈黙が流れて。 気まずそうに智くんが口を開いた瞬間、放たれた言葉は…。
「辞めた、よ…だって、思い出しちゃうから…」
その言葉に、俺の頭の中にもあの事件がチラついた…。