第8章 死神との生活
「(………………)」
アンダーテイカーは今なんと言ったのだろうか。
自分の聴覚が正常ならば、アンダーテイカーは確かに“抱きしめてもいいかい”と自分に問いかけていた。
目の前のアンダーテイカーをみれば両方の手のひらを前に出して、微笑みながら自分の返事を待っている様だ。
何故…
どうして…
アンダーテイカーは自分を蔑むような言い方はやめてくれと言ったが、自身の過去、生い立ちや娼館での日々は変えることのできない事実なのだ。
そんな自分を抱きしめたいなんて…
それが今までの礼としての要望だなんて…
マリアンヌの頭は混乱状態だった。
しかし、アンダーテイカーは微笑みを崩さずマリアンヌを柔らかく見つめて返事を待っている。
どうして、どうしてアンダーテイカーはこんなにも自分に優しいのだ。
地獄の様な娼館での日々から救い上げてくれただけでもありえない程の奇跡なのだ。
それなのに、今は心地の良い部屋で、やりがいのある仕事に、十分な食事を与えられている。
これで十分に満足すべきなのだ。
実際に今のこの生活は十分すぎる程満たされている。
これ以上は何も望んではいけない。
そう、絶対にそれ以上は望んではいけない。
それは分かっている。
分かっているつもりだった。
でも、でも、こんな身体の自分でも、アンダーテイカーから触れたいなどと言われてしまえば、もうどうする事もできない。
いけないと分かっていても、求めてしまう気持ちを止める事ができない。
アンダーテイカーに触れてもらいたい。
どうかこんな自分を拒絶しないで欲しい。
アンダーテイカーの特別な存在になりたい。
そんな想いを巡らせながらマリアンヌもアンダーテイカーを真剣な眼差しで見つめた。
「その沈黙は、肯定と解釈してもいいのかい?」
その言葉に胸をドキンと高鳴らせると、マリアンヌはそっと頷いてみせた。