第2章 姉妹2※
殺し損ねた勢いに一歩踏み出そうとしたが、ぬかるんだそこから抜け出せず、膝をつく。それでも止まらず、両手も泥を掴んだ。
(痛、くはないですけど)
薄ピンクのドレスは膝の形にくっきりと茶色の模様ができあがっていた。
「ううっ」
数少ないよそ行きの最期にこみあげる思いをぐっとこらえて、立ち上がろうとして。
(何でしょう?)
冷たくて、固い感触が手の中にあった。泥にめり込むそれ。
素材は金属のようだが、持ち上げてみるとコバトが知っている金属より軽い。不自然なカーブは気になったが、力をかけてもしなることはなさそうだ。ちょうどよいとばかりに杖代わりに立ち上がる。
「ねえ……」
姉を呼ぼうとして、びくびくと背中から震えが全身を走る。
早鐘のように打つ鼓動に泥で汚れることも忘れて胸を抑える。
(なにこれ……気持ち悪い……)
泥の中に引きずり込まるような感覚にふらつく体を杖で支える。
(見られている? 誰かいるの?)
姉たちではない。全てが気のせいであることを祈りつつ、元凶を確かめるべく視線だけでその方向を探る。
少し離れた低いしげみ。
ぼこぼこと地面に浮き出た木の根にかかる影。
高い声が響き、ばさりと鳥が飛び立つ。
木々ががさりと揺れる。
(鳥? 違うわ。)
影が動く。
もう鳥はいない。風は吹いていない。
コバトはさらに目を凝らす。
いた。
荒い息を吐きつつこちら伺うそれは、口元から赤が混じる液体を垂らし、いくつもの真新しい傷を負った獣。
コバトたちを襲った魔物は2体いたのだ。
満身創痍でありながら、そのぎょろりとした瞳は戦意を失ってはいない。
魔物の方に顔を向けたまま視界の端の姉たちの様子を伺う。
さきほどと変わらず動かない姉と下敷きの男。
二人を置いて逃げるという選択肢はありえない。かといってコバトがおとりになれるかといえば、満身創痍とはいえ、馬と互角に走っていた魔物から距離をとるなんてことはできそうにない。なにより魔物がおとりのコバトより動けない二人を狙うことも十分にあるだろう。
となれば、
手にした武器を体の前に構える。
(こんなところで)
コバトが扱うには大きすぎるそれ。ふらつく腕を支えるように脇をしめて切っ先を相手に定める。
(これで終わりになんて…しないわ)