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【TOV】水鏡の波紋

第2章 姉妹2※


御者台には動かなくなった手綱がくたりと横たわっている。
それ以外は何もない。誰もいない。

構えていただけに拍子抜けした。

(馬がいない?)

馬車を引っ張っていた2頭の栗毛が見えない。
やけに木々が近い。
道沿いに生えていた木にぶつかって馬車が止まったよう。
そこまでは予想の範疇。
しかし、馬の姿がないのはどういうことだ。

(馬具が外れて馬だけ逃げたのかしら?)

動くものを追ってという性質があるのなら魔物は馬を追っていったのだろう。
ここまで運んでくれた彼らのことを思うと胸は痛むが、とりあえず自分たちは安全は確保できたようだ。
まずはこの吉報を伝えるべく姉の方を振り向こうとして、

止まる。

御者台の下方。

黒い獣に敷かれているのは、元気にバケツに首を突っ込んでいた栗毛だったもの。

地面には赤い液体が広がり、背に生えたたてがみは半分なくなり、

抉れた首元の赤い肉から白いものが飛び出しているのが見える。

黒い獣が馬の背から動く。

口元からはどろりと液体がこぼれる。

ぎょろりとしたあの眼がまた。

「あぁ……あああああああぁぁ!!!」

コバトは耐えきれず声をあげた。

「うっく……」

こみ上げてきたそれに膝をおり口元を抑える。何とか飲み込めば喉の奥が熱と不快感を訴える。

「ごほっ……うっ、ゴホッゴホッ……」

何度もせき込み不快感を払おうとするが、先ほど見た光景が蘇ってはそれを邪魔する。
常時なら妹の背を撫で「大丈夫」と笑うピージオも妹の様子にすべてを悟ったのか、
動けずにコバトを眺めるだけだった。

再び馬車が揺れる。

はっ!と息を吐きだしたピージオは妹を背に隠す。
妹が苦しんでいるのに自分は何を呆けていたのだ。今、彼女を守れるのは自分しかいないと。

「大丈夫。大丈夫。」

また何の意味も根拠も持たない大丈夫を繰り返す。
ピージオ自身もそれはわかっているが口に出さずにはいられない。
ここで泣きごとを言わないよう何度も呪文のように口に出す。

(大丈夫、大丈夫って)

小刻みな呼吸を止めるべく、大きく息を吸い大きく吐く。

(大丈夫なわけがないじゃない)
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