第1章 おねがいごと/ベックス
こぼれんばかりの笑顔を向けられ、嬉しいはずなのに素直に彼女の礼を受け止めきれない。
キラキラの笑顔には一切の不純な気持ちは含まれていなくて、それがどうにも俺には眩しかった。
「ベックス、お昼ご飯はまだ? 良かったら私、作るけど」
“たまごやきき”をゆらゆらさせて、さんが尋ねる。
そんなの決まってるじゃないっすか。
「ゴチになります」
「ふふ、了解」
寮の一階にあるキッチンで、さんは手際よく料理を作っていく。
後ろで束ねた長い髪が、右に左にとせわしなくさんが動くたびに、ゆらゆらと揺れる。
そのゆらゆらを頬杖をつきながら目で追う。
何か手伝おうかと声をかければ、「すぐ出来るから待ってて」と返ってきて、彼女の姿を目で追うことしかすることがない。
けれど退屈、でもなかった。
いつもは軍から支給された青い制服姿の指揮官さんが、可愛い赤いリボンのエプロン姿で料理をしているところを眺めているだけで楽しい。
トントンと包丁の音が規則的に聞こえていたかと思うと、吹きこぼれそうな鍋の方へと駆け寄る。
あちち、とこぼして耳たぶを触るところなんか最高に可愛い。
「大丈夫っすか。冷やした方がいいんじゃ」
「大丈夫。いやだな、見てたの?」
「そりゃオネーサン見るより他ないんで」
「普段はもう少し手際良いんだよ? だけど今日は……」
そこまで言って、さんは言いよどむ。
俺と目があって恥ずかしそうに逸らすから、ちぃっとだけ期待してしまう。
「今日は?」
その先の言葉が聞きたくて、促すように言葉を紡ぐ。
願わくば俺の想像どおりでありますようにと、祈りながら。
「……今日は、その、ベックスがいるから」
「そんなに俺のことが気になるんすか」
冗談めかして言うと、さんの目がしばたいた後ふと伏せられた。
「うん……」
「……」
期待通りの反応に、飛び上がって喜びそうになる。
けど俺がマジで飛び上がったら、天井に頭ぶつけそうだったから、やめた。
それくらいの判断力が残ってるくらいには、まだ余裕があったらしい。