第1章 おねがいごと/ベックス
「その“たまごやきき”で作った卵焼き、俺に一番に食べさせてください」
俺の出した条件に、さんの顔は一気にほころんだ。
「もちろん!」
「交渉成立っスね。試作とか調整とかあるんで、時間もらいますよ。出来たら連絡するんで」
「ありがとう。お願いね」
笑顔で店を出ていく彼女の後姿を見送って、俺は早速“たまごやきき”の制作に取り掛かった。
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“たまごやきき”の制作は難航した。
小さな長方形のフライパンと聞き、フライパンでよく使われる鉄で作ったところ、真ん中の火があたるところばかりに熱がたまり、卵を焼くと周りはまだ焼けていないのに、真ん中だけ焼け焦げてしまう。
鉄の厚さを変えてみても、やはり結果は変わらなかった。
火を満遍なくあてれば焼きムラもできにくいのかもしれない。
だが折角さんに作ってあげるのなら、もっと使い勝手のいいものを作ってあげたい。
そこで俺は居酒屋のマーフィーに協力をあおぎ、“たまごやきき”にふさわしい素材を探求した。
試作に試作を重ねてようやく出来上がったのは、銅で出来た“たまごやきき”だった。
欲しいというので試作品はマーフィーに渡し、出来上がった渾身の一品を携えてさんのいる訓練所の寮へ向かった。
「ちはっす」
「あ、ベックス!こんにちは」
さんの部屋をノックするとすぐに顔を出してくれた。
彼女の目の前にピカピカの“たまごやきき”を差し出すと、さんの目がキラキラと輝きだす。
欲しかったおもちゃをもらった子供みたいに目を輝かせるさんも可愛い。
胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚がして、少しの息苦しさを覚えた。
「ありがとう!! ……ベックス、これ……」
お礼の後、さんの表情が一変したから、俺は何か失敗したかと不安になった。
けれどその不安はすぐに杞憂だったと分かった。
「銅で出来てるの?!」
「そうっス。よく分かりましたね」
「銅で出来た卵焼き機って、卵がふっくら焼けて美味しいんだよ。地球にいた頃は高くて買わなかったけど、一度使ってみたかったんだ。ありがとうベックス!!」