第1章 おねがいごと/ベックス
ある日の昼下がり。
店に指揮官のさんがやって来た。
「ベックスにお願い事があるんだけど……」
「なんすか?」
アクセサリーの制作か、強化か。
この店に来るお客のほとんどはそういった目的でウチにやって来る。
鍛冶屋なんだから、当たり前の話だ。
ただ、わざわざ『お願い事』だと口にする指揮官のオネーサンの目的は、どうもそのどちらでもなさそうだ。
俺を見上げるさんの手には、何やら手紙のようなものが握りしめられている。
おずおずと差し出されたソレに目を落とすと、そこには何かの設計図のようなものが描かれていた。
「これは?」
「これ“玉子焼き機”って言うんだけど、ベックス作ってくれない?」
「たまご、やきき……」
渡された設計図を眺め、さんの口から出てきた耳慣れない単語を呟く。
紙に描かれた図は、長方形に円柱の取っ手がついたシンプルなもの。
とても身に着けるようなものには見えなくて、設計図をしばし眺めた後さんに目を移すと、あのね、とソレが何であるのか説明を始めた。
「それ、小さな長方形のフライパンなの。それで卵焼きを作りたいなと思って」
「普通のフライパンじゃダメなんすか?」
別に作るのが面倒だとか、ウチはアクセサリー専門だから無理だとかそういう事ではなく、ただ純粋に浮かんだ疑問をぶつけただけだった。
だけどさんは俺の言葉を『拒否』から出た言葉だと思ったのか、少ししゅんとした顔になる。
「やってみたんだけど、どうしても綺麗な形にならなくて……無理言ってるのは分かってるんだけど、こういうのベックスにしか頼めないし……」
この人は、たまにこうやって無自覚に俺の自尊心を煽るような言葉を放つところがある。
今回も俺はその言動にまんまと乗せられてしまうのだ。
たとえ彼女の言動が計算づくのものだったとしても、俺は乗せられてしまうんだが。
「いいっスよ」
「ありがとう!」
「ただし、条件が一つあるっス」
「条件?」
これまた無意識に、さんが小首をかしげる。
そういう仕草、他の男にも見せてんのかと思うとモヤっとしたものが胸の奥にわきあがる。
この人はあまり自分が他のやつにどう見られてんのかっていう意識がないらしい。
そこが良いところでもあり、悪いところでもある。