【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第5章 尾形さん2
そして翌日、私たちは町についた。
小樽の少し手前の町だけあり、途中休憩所としてまあまあ賑わいがあるようだった。
尾形さんは周囲を警戒しながら町を進み、小ぶりの建物を指さした。
「あそこだ。あの郵便局から電報を打つと良い。
ここが手配した宿だ。数日分の宿賃も払ってある。
……俺が出来るのはここまでだ」
私に宿の住所を書いた紙を渡してくれた。
「尾形さん、何から何まで本当にありがとうございました」
私は笑顔で頭を下げるが。
――どうするどうする、マジでどうするんだよっ!!
頭の中はパニックである。
山を挟んでいるとはいえ、小樽の目と鼻の先で独りぼっちにされて、どうやって令和の世界に戻るんだよ!!
しかし沈んだ私の顔は、尾形さんには別の意味に映ったようだ。
「そう落ち込むな。夕張まで長旅するより、ここで迎えを待つ方がいいだろう」
「……そうなんですけど」
問題は、私を迎えに来てくれる人が存在しないことなんだなあ。
うつむいていると、頬に手を当てられる。
思わず顔を上げると、唇が重なった。
「尾形さん……」
「これで最後だと思ってな――それじゃあ元気でやれよ、梢」
そう言って私から離れる。
そう。尾形さんにとって、私の家の庭は非現実な桃源郷ではなく、『小樽のどこかにあり現実に存在する富豪の別荘』となっている。
その理屈に従うのなら、確かに私たちは二度と会えないことになる。
「ええ。さようなら、尾形さん」
「電報を打ってこい。安全に中に入るまで見ていてやるから」
背中を押され、私はそっと尾形さんから離れ歩き出す。
何度か振り返るが、尾形さんはまだ見ている。
そしてゆっくりゆっくり木造の郵便局が近づき――私は中に入る。
最後に振り向くと、尾形さんはもういなかった。
そして私は、対応に出た局員さんにこう言った。
「すみません。怪しい人につけられているんです。裏口を教えていただけませんか?」
…………
「あのクソ尾形!」
郵便局から離れた物陰で、私は舌打ちする。
いるわいるわ。郵便局の周りには兵隊さんがうようよいる。
中に私がいないと分かったのだろう、慌てて飛び出し、周辺を探しに出ている。
あの野郎。自分が逃げるための囮(おとり)に私を使いやがった。