【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第5章 尾形さん2
そして尾形さんは、テント(仮)の枯葉を敷き直し、私を手招きした。
「早く寝るぞ。早朝に出発して、明日の昼には町につく。
そこから夕張に電報を打つと良い」
「でもですね、尾形さ――」
続けようとしたが、遮られた。
「お嬢さんにこんな生活は似合わない。どこか良い家と見合いでもさせてもらって、北海道から出ろ」
ヤッた直後というのに素っ気ないなあ。これだから殿方は。
そこでふと、聞こう聞こうと思っていたことを思い出した。
「そうだ、尾形さん。勇作さんのお墓はどこにあるんですか? 一度お参りをしたいと思っていたんですが」
「…………」
勇作さんは尾形さんの弟さんである。
といっても、私は勇作さん本人には一度も会っていない。
だが向こうは私を知っているし、私も彼を知っている。
生前、勇作さんはとても私に会いたがっていたそうだ。
もちろん私も会いたいと思っていたが、互いの願いが叶う前に、勇作さんは203高地で亡くなられた。
え? 今まで一度も勇作さんの話をしてねえだろって?
うむ。勇作さんの存在は私の中で別格なのだ。
それに実を言うと、私があの庭のタイムスリップ現象に気づいた経緯に、勇作さんが大きく絡んでいる。
ただこの話はちょっと長くなるので、彼との出逢いと別れの一部始終は、機会があればいずれまた。
「…………墓の詳しい場所は、すまんが俺も知らん」
ずいぶんと長い沈黙の後、尾形さんは言った。
あ。デリカシーのないことを言ってしまったか?
時間が経ってるから大丈夫かと思ったが、そんなはず無いか。弟さんのお墓の場所だもんね。
「ご、ごめんなさい。それより尾形さんは夕張までは行かないんですよね? どちらに向かわれるんです?」
「…………」
彼は焚き火で乾かしたシャツを着ながら、私の目を見た。
「石狩を抜けて北へいく。当分はどこの港も見張られているだろうしな。
どこかの小さな町で大人しく何年か潜伏し、軍の警戒が解けた頃に北海道を出て郷里に戻るさ」
私はしばし沈黙し、
「そうですか。道中、気をつけて下さいね。無事に北海道を抜けられるようお祈りしています」
「おまえも無事に親父さんに会えるといいな」
彼はそう言って身をかがめ、私に唇を重ねたのだった。