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【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】

第5章 尾形さん2



 髪の椿をスッと取られ、それは庭の宵闇の中に放られた。
 思わずそれを目で追ったとき――声がした。

「梢。口づけても構わないかな?」

 敬語が取れたし!!

 私は必死に必死に必死に振り払おうとし――。
 一切叶わず、彼の腕に閉じ込められている。
 力ではかないそうにないと、嫌でも悟った。

 ――別にどうでもいいかな。

 急に力が抜けた。中尉殿は息がかかるほど近い。

 もうダメだ。

 そう目を閉じたときだった。


『!?』


 そのとき、料亭を揺るがす爆音がした。


 爆音だけではない。一瞬遅れて激しく床が振動した。
「梢!」
 バランスを失いかけた私は、鶴見中尉に支えられた。

 だが剥がれた屋根の瓦が庭に落ち、他の部屋からはパニックに陥る客の悲鳴やら怒号やらが聞こえた。

 鶴見中尉は瞬時に態度を変化させた。

「様子を見てくる。梢は危ないからここにいなさい!」
 
 身を翻し、部屋を出て行った。

 いや、いる方が危ないでしょうが。
 しかし、どうやって逃げよう。
 オロオロして、とりあえず庭の方へ行くと、

「梢! こっちだ!」

 茂みの中から尾形さんが出てきた!!

 マントのように外套を羽織り、銃を担いでこちらに走ってくる。

「いやいやいや! 何で尾形さん!!」
 呆気にとられた私の叫びに、彼は足を止めて前髪をかきあげる。
 足下に踏みにじられた椿が見えた。

「おまえこそ本当に『こっち』に来られたんだな。
 ほら履くもんも持って来てやった。とっとと逃げるぞ!」

「ど、ども……」

 尾形さんに礼を言い、庭に下りる。伸ばされた手を取りながら、

「でも何でこちらに?」

「別におまえを助けに来たワケじゃねえよ。小樽を出る前に鶴見中尉の様子を探りに来たら、おまえがいたってだけだ。
 知り合いが目の前で手籠(てご)めにされたら、さすがに夢見が悪いだろうが」

 そう吐き捨てる。て、手籠め……。

「いいんですか? その、あなたの立場的に」
「俺は一抜けたんだ。軍なんざ下らねえ」

 私は尾形さんと暗闇を走りながら考えた。

 ――つまり尾形さん、無職かあ。

「おい、箱入り女。何、虫けらを見るような目で恩人を見てやがる」


 尾形さんの満面の笑みというものを初めて見たのであった。

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