【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第5章 尾形さん2
私は立て直しを図る。
「いえ全然違います。受け売りなんです。ホント、お父様の言葉をなぞっただけでしてね。ははははは」
「こんな市井にあなたのような才女が埋もれているとは。お父君は何をもって、あなたを疎まれるのか。義憤の念に堪えません」
ふるふると首を振る鶴見中尉殿。
不味いな。どうにかして、私が貧乏のポンコツだと分からせないと!
ええと……ええと、そうだ! 金が無いと思わせれば魅力半減するよね? 金の切れ目が縁の切れ目って言うし!
「いやそんなことはないですよ。でも最近、ちょっと冷たく扱われすぎ、もう家から追い出される瀬戸際で――!」
「ならば私が、喜んであなたの身元引受人になりましょう」
蛇が口を開けて待っていたっ!!
「世間にはまだまだ女性を軽んじる向きがありますが、私はその意見には賛同いたしかねます」
鶴見中尉は嘆かわしい、と言いたげに首を振る。
どうだかなあ。
「製糸伝習工女には後に優れた技術指導者になった女性が数多いと聞きます。
さらには海の向こうでは女性が、栄誉あるノベル氏物理学賞金を授与されたとか。その女史の名前は――確か何だったか……」
鶴見中尉は腕組みをし、考え込む。
うーん。前者はブラック企業になる前の製糸工場のことかな。明治初期の女工さんは尊敬される知的な職業だったというし。
でもノベル賞金って何だよ。聞いたことないぞ?
ノベル……小説? いやノベル氏って言ってたし、人の名前か?
栄誉あるノベル氏物理学賞金……もしかしてノーベル物理学賞のことか?
それも女性の受賞者となると――。
「……キュリー夫人?」
ボソッと呟いて『しまった!』と思ったときには遅かった。
「おお、それです! さすがは梢さん。参りましたな!」
鶴見中尉が満足げに手を叩いていた。
こいつ……ワザと知らないフリをして私を試したな!
でも私もアホだー!! ほんっと、アホだ!! なぞなぞ解いてないで、黙って知らないフリしてれば良かっただろうが!
内心で頭を抱えても遅い。
どうも鶴見中尉の関心は決定的に、『梢の家の金』ではなく『梢自身』に移ったらしい。