【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第4章 月島軍曹1
夕暮れの中、乗合馬車が道を闊歩し、芸者さんっぽい人が乗った人力車も道を急ぐ。
すごいなあ。白黒写真でしか知らない世界が、カラーで目の前にある。
スマホで猛烈に撮りたいが、それだけはしてはならねえ。てか、スマホは家にあるし!
来客も盗人も着信もSNSも何も来てないだろうから、置いていく焦りも無いけどね。
一方、前を歩く月島さんは空を見上げ、
「まだ日が少し高いか。もう少し歩き、暗くなって人目が無くなってから戻りましょう」
「あ、はい」
「梢さん、お疲れではありませんか? どこかの茶屋に入りますか?」
「いえいえいえ。お構いなく。大丈夫ですので」
「そうですか。無理はなさらないで下さい」
「はい。ありがとうございます」
「…………」
「…………」
か、会話が!!
気まずい。しかしこちらが何か話さない限り、月島さんは永遠に黙っている気がした。
何か話そう。何か。でも鯉登少尉の話題も違う気がするし、昨晩のことを話したらまた謝られそうな気もする。
だから前から疑問に思ってたことを、聞いてみることにした。
「月島さんはうちの庭について変だとか、怖いとか思ったりしないんですか?」
今のとこ、あの『北海道のどこからでも行ける屋敷』現象を真っ向から受け止めてるのは月島さんくらいなもんだ。
他の人(特にどこかの山猫)は考えるのを放棄してるか、私が北海道中に別荘を持つ財閥の隠し子と思ってるらしい。
「別に。奇妙だとは思いますが、恐怖を感じるとまでは」
意外な答えが返ってきた。
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。説明のつかないこと奇妙なこと、けれど眼前に存在することは山とあります」
「なるほど」
「何が真実かと一つ一つ追及していては時間がいくらあっても足らない。ただ日々、己の役目を果たすのみです」
現実的だ。軍人さんらしいなあ。
ただ一瞬だけ月島さんが、苦虫を噛みつぶしたような声になった気がした。
「それに、今は今まで考えもしなかったことが次々に起こる世の中です」
月島さんは声の調子を少し変えた。
「例えば……そうですね。私も詳しく知っているわけではありませんが、今、欧米で人が乗れる機械――飛行機の開発実験をしていると言います」
ライト兄弟の世界初の有人飛行は、この時代から数年前だっけか。