【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第4章 月島軍曹1
多分さっきのプロポーズは忘却の彼方だな。良きかな。
と思っていると彼はガバッと顔を上げ、
「梢! 梢にはまた会えるだろう!? 向こうにも別荘を持っているよな!?」
「あ……まあ……」
「梢! おいは諦めんからな! 今の私に不満があるというのなら、いずれ戦争で武勲を立て迎えに来てやる!」
何だ、忘れてなかったのかよ。
「そ、そうですか。諦めてくれていいんですが……」
「そうとなれば、早く戦争が起きないものか」
あ、月島軍曹が一瞬だけ険しい顔をした。
……今いるここは、日露戦争終結直後の日本。
日露戦争は旅順、奉天会戦の大激戦を経て日本の勝利、だっけか。
特に奉天会戦は、投入された25万人の日本兵士のうち7万人が犠牲になっての辛勝だったという。
まさに死がすぐ隣にある世界。
その生還者の横で、無邪気に戦争を賛美する若者。
きっついなあ。
「音之進様は何もされなくても勇敢で素敵な方ですよ」
「梢?」
「私は誰かが死ぬのは嫌ですよ。戦争が起こってほしいなんて、とんでもないです。
ずっと平和が続くのが一番良いですって」
しかしまあ、当然というか通じなかった。
「はあ。おなごはやっせんぼ(臆病)だな。薩摩隼人たるもの、戦場で武功を立てずして何の為の生か!」
薩摩は薩摩で歴史がややこしいからなあ。
ホント、あちこちで現代の価値観が通じない。たった百年前なのに。
黙って聞いていた月島さんが、
「梢さん、そろそろ行きましょう。日が暮れます」
「はい。では音之進様。赴任先でもどうぞご武運を」
夕日が美しい。建物は全て木造、道を行くのは馬車、人々は皆、当たり前に着物を着ている。
皆、必死で生きている。
個人的な感情で彼らの世界に干渉し、この世界の歴史を変えることだけは絶対にあってはならない。
何となくそう思った。
「梢ー!! 手紙を出すのだぞ! 私も出すからな!」
道の向こうで、鯉登少尉は手をぶんぶん振って、第七師団の宿舎の方角に戻っていった。
いやうちの住所知ってんのかよ。出しても届かないからな。
「梢さん。こちらに。人の少ない場所から戻りましょう」
「あ、はい」
私は雪を踏みしめ、月島さんについていった。