【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第4章 月島軍曹1
鯉登少尉の羽織をたぐり寄せ、熱を逃さないよう暖を取っていると、
「梢……」
背後から抱きしめられた。
「え……」
戸惑って動こうとしたが、動けない。上半身を完全に拘束された。
周囲には全く人の気配がない。
「私は……おまえを憎からず思っている」
首筋に顔を埋めながら、鯉登少尉がささやいた。
「えと、音之進様……その……」
「梢。おいと一緒になる気はないか?」
「は!? はああ!?」
唐突に言われ、素っ頓狂な声が出た。
だが鯉登少尉は白い息を吐きながら、真剣な表情だった。
「私も所帯を持って早すぎる歳ではない。見合いの話も何件か来ている」
「……ああ、そうですか……」
まあ良家のおぼっちゃんだもんね。
「んん~? 今、少しだけ不機嫌になったか梢?」
あなたの態度にイラッとしてんですよ!!
「安心せい。自分の女は自分で選ぶ。父上も私の選んだ相手なら良いと言って下さった」
「いやちょっと待って下さいよ、音之進様……」
話が急展開すぎるって。
「今日明日というわけには行かないが、いずれは見合いの席を設けてもらい、そこで正式に申し込む。
うちは薩摩藩士の家系だし、梢の家の家柄と十分に釣り合っている。おまえの親族の了解も得られるだろう」
「いや、ちょっと……ちょっと待って……」
昨晩に続いて頭がパンクしそうだマジで。
何で私、そこまでモテ期なの。
やっぱ令和のあれやこれやとか、明治時代とちょっと価値観違うのが新鮮に見えたりしてんのかな。
だが百年前の世界に骨を埋める気はない。
あの庭を閉じて、私もいずれ古民家を出るつもりなんだから。
文字通りに、私たちは生きる世界が違う。
「梢は北海道に家を持ち私を支えてくれてもいいし、薩摩の実家に移ってもいい。
南方の気候は暖かく、人は皆世話好きで陽気な者ばかりだ。おまえもきっと元気になる」
……真剣なのだと分かる。
独りぼっちの私の身の上や、身体をちゃんと心配してくれているのだ。
「梢」
声が震えている。自信家に見えるが、勇気をふりしぼっての告白なのだろう。
だからこそ。
「お気持ちはありがたいのですが――」
きっぱり断ることこそが、好意への礼なのだ。