【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第4章 月島軍曹1
「私があなたを抱いたのは、決して命令だけではない。私は……その、ずっと……」
だが。
月島さんは言葉を飲み込む。
沈黙。握りしめた拳に血管が浮き上がっている。
月島さんの表情に一瞬だけ激情が浮かぶ。
叫び出しそうな。自分の内側の激流と戦っているかのような。
ほんの数秒だった。
けど次に顔を上げたとき、月島さんはいつもの月島さんであった。
「……命令があったことは確かですが、私も帝国軍人です。
無理を強いることは断固として拒否すると申し上げ、中尉殿にもご了承いただきました」
……難しいことを言ってるように聞こえるが『そこまで嫌がってる感じじゃなかったから最後まで行っちゃいました』以外の何でもない。
私はため息をつき、襦袢(じゅばん)を羽織った。
鶴見中尉は目的のためなら何でもする人だと聞いたけど、マジだった。そもそもこの温泉旅行自体が鶴見中尉のセッティングだった可能性が……。
「怖っ!!」
「梢さん!?」
自分も夜着を着直してた月島さんが慌てる。
「いや怖いですね、鶴見中尉様って」
大体、前頭葉の一部が吹っ飛んでるのに、現役続行してる時点でまともじゃないしなあ。
すると月島機械さんは言いづらそうに、
「中尉殿はあなたの境遇については深く心を寄せられています」
「いやどこがですか」
てか眠いな。
私は月島さんの膝の上に頭を乗っける。
月島さんはビクッとしたが、どかすことはなく頭を撫でてくれた。
「あなたの聡明さと見識の広さを高く買っておいでです。
恐らくは欧米式の、それも男子と同等の教育を受けたのではと」
そら教育、そして情報インフラの差ですな。
この頃は『女は男より一段劣る存在』と大真面目に信じられてた時代。女子が高等教育を受けるといっても花嫁修業と大差無かった。
「それなのに屋敷に捨てるように置かれ、あまりにも不憫であると」
「いやだから物は送ってもらってますし、お手伝いさんもいるから不自由はありませんて」
すると沈黙が少しあった。
「……何度もあの庭に行った。ですが私は、いえ少尉も中尉殿も誰も――あなた以外の人間……家族、使用人、ご友人に会ったことはない。
梢さん。あなたはいつも縁側に一人で、とても寂しそうだった」
そういうこと、言わないでほしいなあ。