【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第4章 月島軍曹1
木の桶にお湯を汲み、置いといた洗いタオルを広げる。
ええと、別に身体洗っていいんだよね? 温泉だし。
百年前の温泉のルールまではさすがに調べきれなかった。
まあ二人は私を『超世間知らずのお嬢さん』と見なしてるので、少々の奇行は流される傾向にある。注意されたら止めればいい。
ていうか早くしないと! 早くも北国の寒風が身体を侵食し始めてる!
ちなみにお二人のいる方は沈黙しか流れていない。
あかん。カラスの行水並みにさっと出るべし。
ボディソープとかシャンプーとか持って来て良かった~。
……『明治時代に令和の物品を持ちこまない』方針はどうしたって?
ま、まあ中身だけボトルに入れて持って来たし、要は使い切ってしまえばいいんだから!
私はまず超高速で身体を洗い、ざばぁっと豪快にお湯で流す。
そして胸からお尻のラインにさっとタオルを巻く。
これで応急処置完了。万が一見られても大丈夫!
この時点まで、特に何も言われてないから、やっぱ身体を洗ってOKみたいだ。
ホッとしたところで、また桶にお湯を張り、今度は結っていた髪をほどいた。
はあ~。お湯をかけるとスッキリする! でもこっちはシャンプーにトリートメント、コンディショナーまであるのだ。急がないと。
ボトルからシャンプーを出し、手早く髪を洗っていると。
「……梢。それは何だ?」
「へ?」
思わず顔を上げ温泉の方を見ると、鯉登少尉が岩盤に肘をつき不思議そうにこちらを見ていた。
何か私、変なことした?……てか見たのか? いつから見ていた!?
「いやな。変な音が聞こえたから、つい――」
「鯉登少尉!」
そばでは月島さんが、こちらを見ないようにしながら、若い上官を咎めていた。
しかし鯉登少尉はまだ不思議そうに、
「梢。髪が泡立っているぞ? 何を使っている? 大丈夫なものなのか?」
「え? いやだってコレ、ただのシャンプーですし」
「しゃ……? シャボン(石けん)のことか?
それもおまえの父君が買われた舶来(はくらい)の品か?」
……そうだ。明治時代にはシャンプーって言葉はまだ無いんだった。