【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第4章 月島軍曹1
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そこは豪邸のごとき、たいそう立派な旅館であった。
すっごいなあ。さすが将校さんが利用する高級旅館だ。
入り口には女将さんや仲居さんが勢揃いして、
『いらっしゃいませ、ようこそおいで下さいました』
と声をそろえ、深々と頭を下げる。
「うむ」
と、鯉登少尉は偉そう。私はおどおどしながら後ろに隠れるようにしている。
使用人っぽい人が『お荷物をお持ちいたします』と、私の背後に声をかけているのが聞こえた。だが、
「結構。私は荷物持ちでついてきておりますので」
「ひっ……! かしこまりました!!」
殺意溢れる視線を浴び、怯える使用人さん。
月島さん、不機嫌だなあ。
ちなみに一般旅行客を装っているので、今私たちは三人とも和服である。
和服で機嫌の悪い月島さんは およそカタギには見えなかった。
コホン。
「行くぞ、梢」
「は、はい、音之進様」
鯉登少尉は『許嫁(いいなずけ)役』なので、普段に輪をかけて偉そうだ。
私は慌てて、少尉の後に続き長い廊下を歩く……後ろから超絶不機嫌オーラを感じながら。
一方、客間に案内する仲居さんはキョドる私を見、ニコニコして、
「初々しい若奥様ですね。新婚のご旅行ですか?」
「いいや。結納(ゆいのう)の儀が終わって、こいつが疲れていたからな。親族に内緒で連れ出してきた」
「まあ何てお優しい! こんな男ぶりの良い旦那様を持てるなんて、若奥様もお幸せですね」
「は……ははは……」
私は遠い目で庭の枯山水を見ていた。
「だが母上が『若い男女が結婚前にとんでもない』と難色を示されてな。
問題は起こしませんと説得したが、結局、目付役をつけられてしまった。何と、夜もあれと同じ部屋だぞ?」
鯉登少尉が親指で月島さんを指す。
すると仲居さんはうふふと袖で口元を隠し、意味ありげに、
「もうしばらくのご辛抱ですよ」
「そうだな。はっはっは!」
「……はは……は」
なお。目付の下男役となった月島軍曹は、ずーっと、地獄の怨念を放っていた。
一度は断ろうとした温泉旅行。
だがなぜか月島さんが『ついていけるなら何でもいい』という勢いで大幅譲歩してきた。
気がつけば三人で行くことになってしまった。
……温泉、楽しめるよね?