【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第3章 ラッコ鍋(尾形編)
私もちゃんと怒るべきなんだろう……が、尾形さんがなぜか動揺してるっぽいのと、記憶が無いせいで今ひとつ怒る気になれなかった。
まあ、現代では女性の貞操は昔ほど重くないし。
けど今後は事故に備え、ちゃんとゴムを携帯しておこう。
本当は21世紀の物品が、明治時代に渡る危険など冒したくない。
が、コトがコトだ。この程度の自衛は財団のエージェントも許してくれるであろう。
うん、私は身をもって、このタイムスリップ発生地を守っているのだもの!
「それより、そろそろ戻られた方がいいんじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
そう言うと、ようやく尾形さんも気を取り直したようだ。
立ち上がり、銃を担ぎ直した。
私を見下ろし、いつもの皮肉げな笑いを浮かべ、
「こんな変な場所に長居したら、北海道に戻ったとき百年くらい時間が経過してた――なんてことになってるかもしれねぇしな」
惜しい! 何て言うか超惜しい!!
気の利いたツッコミを考えていると、フッと影が差した。
顔を上げると、尾形さんの顔が目の前にあった。
そして頬に手を当てられ――。
「……っ!」
キスをされるかと思った。それくらい距離が近かった。
…………。
けど唇が重なる寸前で、尾形さんは顔を離した。
手も離れ、呆気にとられているうちに尾形さんは私に背を向ける。
「じゃあな、梢。鍋、ごちそうさん」
そう言って草むらを踏み、こちらを振り向くことなく、生け垣の方へ歩いて行った。
「あ……」
私は立ち上がりかけた。
何か言葉をかけるべきだっただろうか。
覚えていないとはいえ、初めて肌を重ねた相手なのだから。
でも何を言えばいい?
そもそも、あちらは私と寝たことをどう思っている?
かける言葉が見つからないうちに、尾形さんの姿が消える。
彼は自分の時代に戻り、私は静けさのあふれる縁側に取り残された。
「…………馬鹿」
自分への言葉か、尾形さんへの言葉かも分からない。
ポロッと涙がこぼれた。
でも私は涙をぬぐう。
「さ、ちょっと掃除でもしますか。ヒマがあるうちに色々やらないと」
頬をパンと叩き、立ち上がる。
今日はまだこれから。頑張ろう。
またこのお庭で、笑顔で誰かを迎えるために。
――END