【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第9章 うちの庭が明治の北海道につながっていた件
北海道といえど、そろそろ風に蒸し暑さを感じるようになってきた。
私は宿舎の窓を開けて涼を取り込む。
夏に先駆け購入した風鈴が、風を受けチリンと鳴る。
ああ、時間がゆったり流れていく。
「はあ……」
ものすごく重いため息が聞こえる。
テーブルの椅子に座った鯉登少尉だ。
さっきの下士官の人は、鯉登少尉に電報を届けに来たらしい。
それを読んでから、鯉登少尉はずーっと沈痛な面持ちなのである。
……あと、なぜ休憩中の私についてくる。
こっちが休めないでしょうが。戻って仕事しろや軍人が。
「どうしたんですか? よほど悪い知らせだったんですか?」
お茶を出し、向かいに座る。
「…………鶴見中尉殿から。小樽に来いと」
ふーん。
ちなみに先の偽典獄騒動で、鯉登少尉は囚人である男を逃がしてしまったらしい。
鯉登少尉一人の責任ではないと思うけど、以来、彼は『鶴見中尉殿に叱られる』とずーっと落ち込んでいるのだ。
「良かったじゃないですか。こちらから謝る機会をいただけたんですから。思い切って叱られちゃえば」
「おまえは気楽だな、梢!!」
鯉登少尉は茶請けに出したまんじゅうを一口に呑み込む――ああ、もう高かったのに!
「このまま御不興を買っておそばから遠ざけられてしまったら……!」
今の時点で旭川にいるやん。
「網走の典獄の監視でもやらされたらあああ!!」
「お供します」
「そうとも! おまえとだって――は?」
「お供しますと申し上げました」
わたくし、真顔で即答した。
「え? は? 何でいきなり……」
と、鯉登少尉。私はフッと笑い、
「結婚話はさておき、音之進様は私にとってお兄様のような御方。
網走に赴任されるのなら、是非ともお供させて下さい」
「梢……」
鯉登少尉の瞳に希望の光がきらめきかけ――。
「……おまえ、尾形に会いたいだけだろ」
「ギクリ」
眉毛がつり上がったのだった☆
「おまえという女はあぁぁ!! あんな山猫のどこがいいのだ! それなら鶴見中尉殿の方がよほど男の中の男であろうが!!」
「あーはいはい。無神経なこと言ってマジすみませんっした」
両肩をがっくんがっくん揺さぶられながら、この期に及んで自分より鶴見中尉を推薦するのはどうなんだろうと、私は思ったのだった。