【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
すると考えが伝わったのか、鯉登少尉はハーッとため息。
「あの山猫のことだ。あれ以来、行方が知れん。ずいぶんと薄情な男ではないか」
ハッと彼から漏れ出た笑いは、紛れもなく嘲笑であった。
「いいんですよ。尾形さんはそういう人だから」
私は静かに応えた。
すると切なく笑う声。
「おまえは強いな、梢」
鯉登少尉はよく分からないことを言い、後ろから私を抱きしめた。
「だがおまえがいかに気にかけていようと、あの男は必ずこの手で始末する」
鯉登少尉は壁に立てかけた軍刀を見た。
「鶴見中尉殿にあれだけ目をかけていただきながら裏切った。その罪、万死に値する」
あ、うん。つか恋敵云々ではなく、鶴見中尉を裏切ったことが殺意の動機なんすね。
さっきまでの会話、必要なくない!?
…………。
しかし……熱も発散したところでそろそろお開きにしたいんですが。
鯉登少尉の手が私の身体を這い回って離れない。
さりげなく離れようとしたが、グイッと抱き寄せられた。
「あ、あの」
するとゴホンと咳払いする声。
「……その、あと一度だけ」
待てコラ。
「お、おまえが悪いのだぞ。あの山猫のことを持ち出したり、そんな物憂げな顔で人を誘惑したりして――」
「いや尾形さんの話は音之進様が言い出したんでしょうが! あと人の表情を勝手に深読みとか――ちょっと、何つう姿勢を取らせてるんですか!」
「梢……」
「待って……ぁ、やだ……」
――以下略。
かくて日付が変わるまで延々と『可愛がられた』のでした……。
…………
…………
それからしばらくは、特に何も起こらなかった。
鯉登少尉は時々忍んできたが、やはり軍施設内なためか頻度は低かった。
私は私で、司令部にてほぼ一日雑用係。
鯉登少尉との縁談は、一旦休止になったものの、網走監獄に行く見通しも立てられない。
じりじりと日にちだけが過ぎていく。
そんなある日のことだった。
その日もいつもと同じ、私は封筒の宛名書きやら、お茶くみやらに従事していた。
すると急に司令部がバタバタと慌ただしくなった。
そして顔見知りの将校さんが足早に来て、言った。
「梢ちゃん、急いでお茶の用意をしてくれ。網走監獄の典獄が来たらしい」