【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
たっぷりと私の舌を嬲ってから、やっと鶴見中尉は顔を離した。
「君が仮に元の時代に戻れず、ここに永住することになったとき、君が生きていく家が必要だ。
鯉登ご夫妻は情に厚い薩摩のご出身。例えこの先、鯉登少尉に万が一のことがあっても、行く場所のない君を放り出すことはないだろう」
夫がいない義実家で暮らすとか――いやいやいや。そういう話じゃない。
でもお気に入りの部下がこの先亡くなる可能性も、ちゃんと考慮しているんだな。
当たり前か。先日も襲撃に遭ったし、前山さんも江渡貝も亡くなっている。鶴見中尉も、戦争で前頭葉を一部損傷しているのだ。
誰かがいつ亡くなるか分からない。彼らが命を賭けた作戦に身を投じていることは、十分すぎるほどに理解していた。
「でも私のことを勝手に決めないで下さい。ちゃんと帰るあてはあるんです。
申し訳ありませんが、突然海外に行ったとか言ってお断りしといて下さい」
口をぬぐい、睨みつけた。
「そうか。ならこの件は保留にしておこう。その『あて』が無くなったとき、いつでも来なさい」
そういいながらも、鶴見中尉の目は弱ったネズミを前にした虎に似ていた。
「もし帰れそうなら日取りだけでも教えてほしい。君からはもっと色々な話を聞きたいからね」
絶対に教えるか!
私は答えず、鶴見中尉に背を向け立ち去った。
…………
はいはい。で、また場面を兵舎裏に戻します。
「梢が全くその話を知らなかったと聞いて驚いたし、父上も少し気が早いとは思ったが――」
状況が変わったこともあるのだろう。
前々から結婚をほのめかしていた割に、鯉登少尉も戸惑い気味だった。
「だが!」
「!!」
肩をつかまれ、驚いた。
「私は尾形のように、おまえを弄んだ奴とは違う。おまえが正式に鯉登家に迎えられた暁には全力で守る!
父上と母上がおまえの素性に疑いを持っていたとしても、男児が生まれればそんなことは気にしなくなる!」
そういえば鯉登少尉、一人っ子だったか。跡継ぎは大事ですな。
ん? お兄さんがいたんだっけ? いやでも――。
……というか私の華族の素性が怪しいって、知ってたんだ。
知ってて、態度を変えずにいてくれたんだ。