【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
「人を勝手に華族に仕立てて、薩摩の名家のご子息と結婚させて、そこまであの一家に恩を売りたいんですか?」
さすがに聞かれては困ることなので、ヒソヒソと言った。
「まさか。君の今後の身の振り方を考えてのことだ」
奴はいけしゃあしゃあと言い放った。
「大きなお世話ですよ! 大体、私は――」
「この状況が不都合なら、帰ればいいだけのことだろう?」
痛いところを突かれ、グッと言葉に詰まる。
「い、いや、それは、その……せっかく明治時代に来たんだし、観光でもと……」
軍服から手を離し、下がろうとした。だが逆にその手をつかまれる。
痛い痛い。顔をしかめたが、スルーされた。
「君がいずれ帰る運命なら、残念だがそれも致し方ない。
だが――帰れないのならどうするつもりだ?」
ドクンと心臓が鳴る。
帰れない。永久に。
それは自分の中で一番考えたくなかった可能性だ。
「この超常現象を解釈する行為は、さすがに私の思索の及ぶ範囲を越えている。
だが可能な限り考察するのなら、この現象は君の手を離れ、制御不能になっていると見ていいだろう。
だからこそ、君は帰れずにこの世界をさ迷っている」
う、うん。お察しの通り。
「ところで君が少将閣下に話した事柄を分析すれば、君のいる時代が男女同権の進んだ世界だと分かる。
もしや市民選挙権、いや婦人参政権も実現しているのかね?」
そういや今は大正デモクラシー前夜でしたな。
「さあどうでしょう。私のいる時代の話は拷問されてもしませんからね?」
手をパシッとカッコ良く振り払いたかった――けど、無理でした。
鶴見中尉は力をこめて、私の手首をつかみながらニコニコ。いだだだ!
「それは残念だな、梢。だが、今ここは明治の世だ。
身寄りの無い女性が一人で生きていく道は絶望的なまでに細い」
そんなもん、町のあちこちにある『店』を見れば分かる。派手な化粧をした若い女性がたくさんいる店。
一歩間違えたら、私もあの中の一人になっていたかも――。
鶴見中尉は手首をグイッと引き寄せ、強引に唇を重ねた。
「私は友として、君にここで生きていく足がかりを与えたいだけだ」
だから、その親切心が空々しいんですよ!!
手を突っぱねて身体を引き離そうとしたが、出来なかった。