【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
夜が明ける。
情事が終わったら帰りそうなもんだが――月島軍曹はまだ病室にいた。
「梢さん。少し横になった方がいいのでは?」
「いえ起きてます。今、中途半端に寝たら、昼まで起きられないと思うし……」
私はベッドに座る月島さんの肩にもたれ、返事をする。
「良い匂いですね」
腰を抱き寄せられ、髪の匂いをかがれる。
「はは……」
自分で贈ったからか満足そうですな。
本当はひとっ風呂浴びたいとこだが、むろんそんな状況にはない。
身体は拭いていただいても匂いは気になる。
なので、私はあるものを使ったのだ。
「私はこういう物に疎いので、気に入っていただけたか」
「いえ、素敵な匂いですよ。ありがとうございます」
私の匂いの元は香水。月島さんからのプレゼントである。
毎日風呂に入る習慣がないこの時代。香水は意中の女性への贈り物として、割と定番なのだ。
「でもこの匂い、何だか覚えがありますね」
ただのお花の香水なのに。
贈られた瓶を見ながら私がそう言うと、月島さんも首を傾げた。
「私もそれで購入したのですが。一体どこで――」
二人して考える。
この香水の花の匂い。どこかで……。
……あ。
ふと記憶の中に、鮮やかな光景が広がる。
暖かい日差しのさす縁側。私は紬の着物を着て、庭を眺めている。
膝の上にはすやすや眠っている月島さん。
彼は疲れ果ててお庭にやってきて、ろくな会話も交わさずに寝てしまった。
私はお布団を取りに行こうとしたんだけど、月島さんが私の着物を握って離さない。
だから仕方なく、膝枕で寝ていただいた。
月島さんはぐっすり寝て起きる気配もなく、寝顔は何だか子供みたい。
私は昼下がりの庭を見ていた。
風に乗って、花の良い香りが届く。
とても静かだった。
そうだ。そのときの匂いだ。
…………。
「起きられたときの、月島さんの慌てぶりはすごかったですね。今思い出しても――」
「……言わないで下さい。その節は大変なご迷惑を!」
顔に手を当て、羞恥に耐える月島軍曹。
「……でも思い出せて良かった。実はあの庭で過ごしたときのことは、だんだん思い出せなくなってきていたのです」
顔を上げて少し笑う。やっぱり皆そうなのか。
何なんだろうね。