【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第3章 ラッコ鍋(尾形編)
変だ。やっぱり変だ。
真夏というわけでもないのに汗が出る。
気をそらせ、気を。
「ラッコって、独特な匂いするんですね」
「ああ」
「…………」
「…………」
くっそ!! 会話続けろよ! あなたの方が年上でしょうが!!
だけどいったい何なの。私に何が起こってるの。
今、真っ昼間だぞ。真っ昼間の古民家だぞ。
ここは夜景のきれいなホテルじゃないんだぞ。
何だって……。
息が上がる。顔が真っ赤になり、呼吸が荒くなる。
「どうした?」
「!!」
尾形さんに声をかけられビクッとした。
「べ、別に。暑いんですかね」
「なら脱いだらどうだ?」
「……これ以上脱いだら、下着になるでしょうが」
着物の襟元から見えてる白い襦袢(じゅばん)をチラッと引っ張る。
「ああ、そうだったな」
ニヤニヤニヤ。敵が笑っている。
でもその前に一瞬、奴の瞳孔が狭まった気がしたが……気のせいかな。
はぁはぁ、はぁ。
自分で自分を抱きしめる。そうでもしないと、内から湧き上がる衝動に負け、何をしでかすか分からない。そんな不安があった。
意識をそらせ。もっと別のこと。萎えるようなことを考えろ。
えーと、ラッコかわいそう! ラッコのお鍋!
まだ煮えないなあ。ガスコンロじゃないし、囲炉裏の熱じゃ弱いのかなあ。
うわ、鍋に顔近づけて、もろに匂い吸い込んだ。やっぱ独特の匂いだなあ。
「――!」
ドクン、とまた身体の奥から衝動がこみ上げる。
はー、はー、と手を震わせ、どうにか衝動を抑え、ガタガタと震えながら顔を上げた。
「どうした? さっきから様子がおかしいぞ?」
「……っ、尾形さんこそ、何、してんですか」
「俺も少し暑くなったから、ボタンを外しただけだが?」
確かに彼も軽く汗をかいている。軍服の詰襟(つめえり)のボタンを外し、首筋に風を通していた。
それに見とれかけ、慌てて下を向いた。
……ないないない! それだけは絶対にない!!
尾形さんは確かにカッコいいし銃の名手というのもいいなあと思う。
でも恋愛感情を抱いているかと言われると『???』という段階だ。
繰り返すが、今は昼間。障子の外は青空だ。
なのにどうして……。
尾形さんは何を考えているか分からないあの目で、私をじーっと、ただじーっと見ていた。