【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
月島さんはぎゅうっと私を抱きしめる。痛い痛い。
「なぜ、戻ってきたのですか。いや例え戻ってきたとしても、炭鉱ですぐに俺を頼っていてくれたら……」
うーん。やっぱり月島さんが、私を明治に呼び戻したって線は薄いか。なら――。
「いやその、どうもあの現象、私の手に負えなくなってるっぽいんです。
ホントはこっちに戻る気は無かったのに勝手に来ちゃって……」
すると月島さんは身体を離し、不思議そうに私を見た。
「『あの現象』……?」
訝(いぶか)しげに私を見、そしてハッとしたように、
「そ、そうだ。俺は、あの花見の日にあなたを送ったんだ……どこに……?」
「…………」
「梢、さん……」
月島さんが私を見る。
無理に笑おうとしているような、少し怖い笑顔で、
「ともかく尾形という男は危険だ。あなたが奴にどう誑(たぶら)かされたかは知らないが、あの男に二度と会っては――いや、そうじゃない」
彼はもう一度、私の両肩に手を置き、まっすぐに目を見る。
「俺はもう、あなたを送れそうに無い。
あの日、あなたをどこに送ったのか、忘れられるはずがないのに、思い出せない」
冷たい汗が頬を流れる。
やっぱりそうか。月島さんは、私がこの時代の人間じゃないってことを忘れかけてる。
「だ、だが、あなたがご自分のいるべき場所に戻れないのなら、それはそれで構わない」
いや私が構うわ。私が困るわ。
恐らく尾形さんや他の皆も、私とあの庭で会った頃のことがあいまいになっている。下手をすると完全に忘れているのだろう。
それはそれで万々歳のはずなのに、怖いと思うのはなぜだろうか。
実は私も、彼らに初めて会った頃のことが、思い出せなくなっている気がするのだ。
勇作さんのことは覚えている。彼と交わした手紙のことも。
だけどそれ以外のことが段々、おぼろげになっている。
……私の存在が、未来から剥がれかけている気がする。
月島さんは汗をぬぐい、
「元々、ご実家にも居場所はないのでしょう? なら、ずっとここにいればいい」
いや、そういうことだけ覚えてるとか、どうなの。
月島さんはまた、私を抱きしめる。
「あなたの居場所は、ここにある……俺の隣ではなくとも、この世界に、確かに……」
そう言って、私をベッドに押し倒したのであった。