【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
夜の病室で、月島さんと対峙する。
彼は苦虫を噛みつぶした顔で、
「若い兵をからかうのも大概にしていただきたい。
私がよく諭しておきましたが、女慣れしていない奴らの中には、あなたの笑顔を真に受け本気になる者もいる」
「いやあの……別に私、そこまで悪女では……」
わなわなと手を震わせるが、ハッと気づく。
なぜ月島さんがここに? 彼は味方だと心強いが、敵に回すと厄介だ。
「な、何のお話ですかね? 私はもう寝るので出て行っていただけると――」
「尾形百之助があなたを奪い返しにくる可能性がある。
念には念を入れ、今晩は病室であなたを護衛しろと、鶴見中尉のご命令です」
……私が逃げようとしてると、平然と読まれてる。
いやそれ以前に、男一人だけを女の護衛につけるか、普通。
「無い無い無い。奴が来るとか絶対ありません。
ベッドの下にネズミがいないか確認していただけです。
そういうわけで、出て行ってほし――」
どうにか追い返そうとしたが、旗色は明らかに悪い。
「なら、なぜ旅のしたくをしていたり、夜に洋装に着替えたりしていらっしゃるのですか?」
ですよね。月島さんの顔が怖い。
そういえば何だかんだで二人きりになるのは、あのときキスされて以来だ。
だが今はそのときの雰囲気はみじんも無い。
何というか……彼が怒っている気がする。
一歩近づかれ、ビクッとした。
「脱走し、尾形と合流するおつもりですか?」
「無い無い。奴は脱走兵ですよ? 連れ回されて怖かったー。鶴見様に助けていただきマジで感謝――」
「あなたが気の毒な被害者であるというのは、事情を知らない兵や外部に向けての説明です。
あなたが尾形と仲睦まじい様子で温泉宿に泊まっていたこと、鶴見中尉殿がご存じないとでも!?」
……鶴見中尉殿っていうか、あなたですよね。
何か浮気を糾弾されてるみたいだわー。
とか思ってると、ガシッと肩をつかまれた。
「なぜよりにもよって、あの男なんだ。あの男だけは止めた方がいい。
戦友を、己の出世のため、躊躇(ちゅうちょ)無く手にかけるようなクズ野郎だ」
出世? いやいや、それだけは無いでしょ。
でもそう思われる程度には嫌われてるんだろうな。
「梢さん……」
月島さんは、それは苦しそうに私に唇を重ねた。