【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第8章 第七師団
「当たり前だ! 梢こそ、よく知っているな! 相変わらず物知りだ」
ハリネズミカフェとか、今や大人気のハリネズミであるが、もちろん明治時代は『知っている人の方が珍しい』どマイナーな生き物である。
「んー……その、父の買って下さった本に載っていて……」
すると鯉登少尉はさっと顔を曇らせた。
ハンカチを自分のポケットにしまうと――え。いや待って。何で何も言わずに私のハンカチをしまうの。
そして私の手を握り、真摯(しんし)なまなざしで、
「梢。辛いことがたくさんあったな。だが先のことは心配するな。
鶴見中尉殿もついていて下さる。旭川の清涼な空気をいっぱい吸って、勉学に励め」
いやその前にハンカチ返せや。
あんたのために縫ったとか一言も言ってないでしょうが。
「あ、はい。ありがとうございま――は? 旭川?」
目をむいた。すると鯉登少尉は腰に手を当て、
「鶴見中尉が上層部に掛け合って下さって、才能ある子女への特例として、軍都でおまえが勉学をする許可が下りた!!
ご厚意に感謝し、頑張って勉強するのだぞ!!」
やーめーてーぇー!! 色んな意味で嫌だーっ!!
そしてはたと気づく。
「あ、あのー、音之進様は、もしかしてまだ旭川に赴任を?」
「うむ! 予定がかなり遅れたが、やっと一緒に帰れるな!!」
……そして気づいた。いつぞやと同じ構図で。病室の開いたドアから。
ものすごーく陰鬱な顔の月島軍曹がのぞいてることに。
…………
ちなみに、私の立場については『華族の血を引くご令嬢だが父に死なれ、親族に冷遇を受けた挙げ句、金品奪われたお気の毒な身の上』的な扱いで通すらしい。
その方が同情を集め、色々便宜を図りやすいそうな。
またこの前、第七師団に追い回されたのも『脱走兵に拉致された令嬢の保護』という名目になるらしい。
あとそれとは別に、尾形さんたちの行き先とか動向とかを、師団の人に何度か聞かれた。が、むろん答えようがない。
『上手い嘘をつかねば』と、場当たり的なことを色々答えては見たが、意識した分、嘘の出来は悪かった模様。
第七師団の人たちも『附に落ちない点は多いが、この子は本当に何も知らないのだろう』と判断したらしく、早々に聞き取りは終了した。
いいんだか、悪いんだか……。