【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第7章 尾形さん3
どうやら焚き火の跡地に反射光を見たらしい。
向こうも双眼鏡で、こちらの位置を探しているというのだ。
私たちはすぐに出発した。
…………
…………
走る。とにかく走る。全力で走る――が。
「梢。こっちだ。グズグズするな!」
道なき道を上か下かも分からず全力で走る。
心臓が苦しい。入り組んで生えた草や苔むした岩に滑って、何度も転びそうになった。
本当に追われてるのかと思うくらい敵の気配を感じないし、銃声もない。
だが尾形さんは双眼鏡をのぞくたび、険しい顔でまた走り出すのだった。
…………
「はあ、はあ、はあ……」
私は立ち止まり、汗だくで息を整えた。
空は朱に染まっている。もう日が暮れそうだ。
どのくらい走った? どこを走った? 距離は稼げたのか? それとも縮まったのか?
「梢。まだ走れるか?」
情けないが、私は首を左右に振る。
脇腹も痛いし足もガクガクだ。これ以上走ったら、マジで心臓が破れる。
「こっちに来い」
尾形さんは、手首をつかみ私を引っ張る。
そして私たちは、大きな木の陰に隠れた。
尾形さんは私を座らせ、自分も身を縮める。銃を握りしめ、
「絶対に動くな。息も殺せ」
低い声で言われ、コクコクうなずいた。
「…………」
確かに馬の蹄(ひづめ)の音が聞こえる。それも何頭も。
……私はともかく、尾形さんが捕まったらどうなるんだろう。
尾形さんは脱走兵な上、埋蔵金を巡って鶴見中尉と敵対してるらしい。
情報を引き出そうと拷問される?……殺される?
「大丈夫だ」
尾形さんが私の肩を抱き寄せる。
ハッとして彼を見ると、不敵に笑っていた。
「おまえを連れて北海道を出ると大口叩いたんだ。この程度、逃げ切れないでどうする」
そう言って私にキスをした。
……本当にそうなんだろうか。彼の胸にもたれながら思う。
私を不安がらせまいと強気にふるまってるんじゃないだろうか。
馬の蹄の音、さっきより近くに聞こえる。
多分、彼単独ならここまで苦労はしなかった。
問題は、山歩き初心者の小娘を抱えてることだ。
「もう少しで日が暮れる。それまで動くな」
小さくうなずき、彼の心臓の音に耳をすませた。
だけど不安な気持ちは全く収まらなかった。