【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第7章 尾形さん3
尾形さんは表情を見せぬまま、言葉を続けた。
「どこか遠くに、俺たちが住める場所を探そう。
今どき猟師なんて儲かる仕事じゃねえが、飢えさせない程度には獲ってきてやる」
脱走兵と、戸籍もない女が安住出来る場所……。
それは夢物語だろうか。探せばいつかは見つかるのだろうか。
戦乱も災害も、時代の波が届かない、日の当たる静かな場所。
尾形さんは毎日山に出かけて鳥や獣を獲って。
私は畑仕事をして、縫い物をして、子供たちにおとぎ話を聞かせて。
そうしていずれは子供たちも巣立って。
二人で並び縁側でお茶を飲んで、月を見上げて――。
私がたった一言言えば、それは『現実の未来』になる。
でも……。
「尾形さんは、お一人で色んなものを抱えてこられたんですね」
よしよしと、背中を叩く。一体、何が原因で平凡な小娘に陥落したのかは知らん。
けど彼の中には、とてももろい何かがある。
その傷ついた心には、寄り添いたいと思った。
「梢。なら――!」
私の言葉の響きに何かを感じ取ったのか、尾形さんはゆっくりと、私を見た。
けど私は静かに言う。
「尾形さんはそれで満足なんですか?」
「何?」
「私にはよく分からないけど、埋蔵金だか金塊だかのために、長いこと頑張ってこられたんでしょう?
それらを全て捨てて女を選んで、後悔がないと言い切れるんですか?」
「――――」
沈黙があった。私はちょっとホッとした。『迷いなどない』と即答される方が困る。
だから私はそっと尾形さんの胸を押し、彼から離れた。
「言っときますけど、私の方は『あなたについて行く』に選択肢はないですよ?
生きるか死ぬかの大活劇に興味はありませんし、大金なんて、スマホを売れば――」
『新着メール1件』
あああああ!!!
超今さらだけど思い出した! メール!! 来てた!!
チェックするの完全に忘れてたっ!!
「女は現実的だな」
尾形さんは笑ったので、ハッと現実的に戻された。
ゾッとするほど冷たい笑いだった。
尾形さんは、元の尾形さんに戻っていた。
私に向けて開きかけてた『何か』は今や完全に閉ざされた。
己を拒んだ女を見る目は、ただ冷たく無機質で。
それが良いことなのか悪いことなのか、私には分からなかった。