【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第7章 尾形さん3
そしてアシリパさんが鹿をさばき、及ばずながらも私もお手伝いしたのだが――。
「尾形、おまえがユク(エゾシカ)を撃ったんだ。脳ミソを食っていいぞ!」
アシリパさんが! デカいスプーンっぽいのに! 鹿の脳ミソ乗っけて迫ってってる!
生で! 生で! 生で!!
……珍味というやつらしい。現代はどうか知らんが、この時代のアイヌの人々は獣の生食が割と当たり前なようだ。
梢さんは、そういった伝統的な食生活をむやみに否定しませんことよ? 未来の観点から『野蛮』と切り捨てるのは彼らの文化に対し敬意を欠いた行為だ。
新しい物を受け入れる努力は、相互理解の観点から推奨されるべきであろう。
「俺はいらん」
尾形さんがバッサリ切り捨てた!!
だがアシリパさんはめげない。スプーンに脳ミソ乗っけたまま、今度はくるーりと私を向く。
「梢〜。ユクはおまえが見つけたんだってな。食べていいぞ!」
何で吉報を知らせるような顔なんすか! 好きな人が食えばいいだろうが!!
なのでわたくしは丁重に、
「すみません、アシリパさん! 星占いによると、今日のアンラッキーアイテムは鹿の脳味噌なんです!」
「占い? おまえ、占いなんかやるのか?」
ん? 冗句のつもりだったのに顔をしかめられた。やっぱ分かりにくかった?
尾形さんも真顔で、
「占い? こいつはたまに……いやしょっちゅう……いや四六時中、奇妙奇天烈(きてれつ)なことは言うが、占いが出来るなんて一言も――」
「いえいえよく当たると評判なんですよ。試しに尾形さんの今日の運勢を占いましょう。
尾形さんは今日、崖から落ちて顎を打って真冬の川に落ちて死にます♪」
その後、山猫にえらい勢いで小突かれた。
なお脳味噌は杉元さんが目を輝かせて食っていた。
…………
そして明治のアイヌと令和の和人は再び激突する。
「何でそんなに調味料を入れたいんだ。また味が濃くなるだろう!」
「アシリパさんの作り方を否定はしませんが、このままはちょっと薄すぎですよ!」
鍋の前で、味付けについて私たちは言い争っていた。
「塩一つまみでいい!」
「もっと入れるべきです!」
火花が散る。両者、一歩も譲る気配は無い。
『…………』
なお男どもは遠い目をして別々の方向を見ていた。