【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第6章 月島軍曹2
桜の花の舞い散る中、月島さんは私の手をつかみ、先を急ぐ。
私の顔は見ずに、前だけを見ていた。
「梢さん、あと少し、もう少しと思ううちに、こんなに延びてしまった。申し訳ありません」
いえこちらこそ……。
でも月島さん、私がいなくなって大丈夫なんですか?
言いたいことが伝わったのかどうなのか、
「江渡貝の様子を見に行っている間に、あなたがいなくなったとか、適当は口実は作ります。
疑いの目は向けられるかもしれないが、決定的な証拠は見つかりようがない。
皆は、がっかりするでしょうが」
とっとと捜索を切り上げて、小樽に帰って、永久に私を忘れてくれればそれでいい。
鯉登少尉には申し訳ないが、諦めて本物の良家の子女を見つけてくれと言うしかない。
私は空を仰ぐ。
桜がきれいだ。こんなに美しいのに誰もいなくて、まるで異界に通じるトンネルみたい。
「とても楽しかった……けど」
月島軍曹は私の手を引き、顔は見えない。
「二度とここに来てはいけない。あなたの住む場所がどんなところかは知らない。
だがきっと、夢のように素晴らしい場所なのでしょう」
そうなのかもしれない。
けどそんな夢のような場所に住んでいるはずなのに、なぜ皆、幸せではないのだろう。
「あなたはご自分の世界で生きるべきだ」
そして桜のトンネルを抜け――。
…………。
帰ってきた。令和の世界に。
目の前に、あの古民家があった。
どうやら時間は経過しているようだ。
桜の花が美しく咲き乱れている。
けど意外なほど心は平静だった。感動も感激も何もない。
てか、やっぱり――さっきの夢に出てきた屋敷って、この古民家じゃないか!!
全身の毛がぞわっとしたが、酒に酔って見た悪夢だと自分に言い聞かせた。
そうだ、月島さん、ありがとうございます!!
帰る前にお茶でも――。
でも振り返ったとき、そこには誰もいなかった。
私の手から私物入れのふろしきが落ちた。
その上に、ぽたぽたと涙がこぼれる。
涙はしばらくして嗚咽に変わり、子供のように泣きじゃくる声になった。
でも慰めてくれる人はいない。
私はどこまでも一人だった。
こうして呆気ないほど簡単に、私の冒険物語は終わったのだった。