【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第6章 月島軍曹2
数分後、江渡貝はゆらりと立ち上がる。
「すみません、鶴見さん。ちょっと思いついたんで、試してみます!」
そう言って返事を聞かず、猛然と駆けていった。
それを呆然と見送った鯉登少尉。私を見て、
「……何の話をしていたのだ? 梢」
――いや墨を変えれば良くね?みたいな話をちょこっと。
どっかで読んだんだけど、墨は原材料によって粒子の大小がある。
なので『刺青向けではない、細かい粒子の墨を使ったら良くね?』みたいな話をしただけ。
粒子が細ければ、ホルマリンで固定化されたタンパク質にも浸透するんじゃないかなーみたいな。
完全に素人の発想ですが。
「……いや梢、そう手をワサワサされても、私には読みとれんぞ?」
困惑したお顔の鯉登少尉。
鶴見中尉はふふっと笑い、まんじゅうをかじる。
「江渡貝に啓示を与えたか。天才同士の会話は実に面白いものだ」
「そ、そうなのですか!?……そうだな。何しろ梢は鶴見中尉殿の見込んだ女。
普通のおなごではないか」
……。
…………墓穴。
普通です。百年後ではむしろ普通以下です。
いやだって、あまりに江渡貝が鶴見さん鶴見さん鶴見さんと病的にウザ……悩んでた感じだったし。
それに今の会話の功績は天才江渡貝9、私1。
私が現代知識を使用してたことも考慮に入れれば、私の数値は限りなく0に近い。
お、お、落ち着け。落ち着け梢。
どうせもうすぐ帰って、二度とこの時代には戻らない。
私が現代知識ドヤをしてることも知らず『すげー』と期待値上げても、それに応える必要はないのだから!!
ばくばく言う心臓をなだめながら、菓子に手を伸ばす。
向こうの男性陣は完全に無礼講。軍歌だの郷土の民謡だのでやかましい。
あっちに女が入っても絡まれるだけだろうから、のんびり菓子を楽しめるこっちの方がいい。
鯉登少尉はライバルがいなくなったので、嬉々として鶴見中尉とお話をしている。
正直、鶴見中尉と直接会話したくないので助かった。
私は江渡貝の残したバターケーキに舌鼓を打ちながら、タイミングを待つ。
しかし待ち時間が暇だなあ。
何かやることはないものだろうか。
そのとき、私の目にあるものが映った。