【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第6章 月島軍曹2
私は江渡貝を見る。
――死体はタンパク質が固まってるんだから、単に墨を入れても無理なんでしょ?
作業は今後も難航しそうだよね。お疲れっす。
「……!? おまえ、何でそのことを知ってるんだ!」
江渡貝、戦慄したように私を見る。相変わらず恐ろしい勘の良さだ。
「どうした江渡貝くん、落ち着きなさい。梢は何も言っていないぞ?」
鶴見中尉がたしなめる。いや言ってます。
「鶴見さん、ほら、こいつも『言ってる』って言ってる!」
こんなときにまで被害妄想発症しなくてもなあ。
仕事が進行してないから、ストレスたまってんだね。
すると江渡貝は目を剥き、
「大きなお世話だ! おまえもこの桜の木の下に埋めるぞ!?」
…………。
マジで埋めてんの!? それはさておき!
――いやだって江渡貝って、時々大声で仕事内容を絶叫してるからさ。
私の部屋まで聞こえてくるんですよね。
あと廊下に、投げ捨てた刺青(いれずみ)の本が放置してあったし。
それで大体察しがつくでしょ?
何をしたいのか知らんが、死体の皮にタトゥーをしたい。死体だけに……く、くくくくく!
「何がおかしい! 何て性悪な猫なんだ! これだから女は!!」
江渡貝は顔真っ赤である。すると、
「貴様、頭がおかしいのか! 梢をこれ以上侮辱するのなら――」
「鯉登少尉、止めないか」
刀を抜きかける鯉登少尉と、たしなめる鶴見中尉。
天才だけあって、こちらの微細な表情筋の動き(+被害妄想力)で読んでるのかもしれん。
だがやはり細かいニュアンスは伝わりにくいな。
私は手を動かし、それっぽく伝えようとする。
――墨を変えたら? いくつか種類があるよね。もっと煤(すす)の粒子の細かいやつ。
「ふんっ。素人考えだな。もちろんやったし、合成もしてるよ。でも上手く行かないんだ」
私、近くにあった『おちょこ』を持ち上げてみる。
江渡貝は腕組みし、
「え? 膠(にかわ)の分量を変えてみろって? 悪臭が発生するだろ!」
ならばと、わたくし、桜の枝の端をつまむ。
すると江渡貝は初めて、小馬鹿にする表情を止め、
「……そうか。香料か。いやでも保存の観点から言って……だが……」
ぶつぶつ言い出した。