【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第6章 月島軍曹2
「だが夕張から旭川も長旅となる。出立はもう少し回復を待ってからになるでしょう。
では私はまた仮眠を取りますので――」
と言って、月島軍曹は床の布団に戻ろうとした。
ちょっとちょっとちょっと。
「……どうしました? 梢さん」
月島軍曹が上半身を起こして私を見る。
私が口をぱくぱくさせ、訴えるような呼吸をしていたから。
喉にケガはしたが、単語程度の伝達なら可能だ。
月島軍曹が、私の口に耳を近づける。
私は息だけで必死に伝えた。
『 お・う・ち 』
夕張に着いた。月島軍曹に会えた。歩けるようになった。
なら、やることは決まってる。
私がこの時代に長居して、良いことは一つもないのだ。
「…………」
ずいぶんと長いこと沈黙があり、月島軍曹は生真面目な顔を、いっそう暗くさせ、
「……ええ。最初から分かっていました。鶴見中尉殿や他の人間は、梢さんが父君を頼ろうと夕張まで来たと思っている。
でも本当は、俺に会いに夕張まで来たのでしょう?」
ホッとした。クソ山猫までが私を明治の人間と信じるようになったので、月島軍曹もそうではないかと心配していたので。
「今となっては梢さんが普通の存在ではないと信じているのは、俺一人くらいのものでしょうし」
実はもう一人増えてんだけどね。今、それを伝えることは叶わない。
「だが俺の記憶も最近、あいまいになっているんです」
月島軍曹は奇妙なことを言った。
「あなたと出会った頃のこと、あなたの屋敷で体験した不思議な現象の数々が、思い出そうとしても思い出せない。
没落した富豪の隠し子と、信じてしまいそうになる自分がいる」
……人間はしばしば、気づかないうちに自分の記憶を改ざんしていることがある。
これもその一つなのか、それともあのカムイの庭の能力なのか。
「ですが」
月島軍曹は、ポケットから何かを取り出した。
あ!!
私が必死に探したスプレーボトル!
「けれどこれを見た瞬間に、そうではないことも思い出した。
あなたを来た場所に返さねばと」
そう言ってボトルを、私の私物入れにそっとしまってくれた。
良かったー。こんなオーパーツ、百年前の世界に置いて行けやしないもんね。
月島軍曹の顔は、相変わらず暗かったが。