【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第5章 尾形さん2
「――――!!」
「やっぱりそうか」
尾形さんの額から汗が一滴落ちる。
マッチの火に照らされ、馬の身体がよく見える。
馬の身体は血が飛び散っていた。それが馬の血ではないことは明らかだった。
つまりこの馬に乗っていた人は、もう……。
尾形さんはふーっと、息を吐いた。
「ヒグマにでも襲われ、ここまで逃げてきたんだろう。
梢。馬が怯えるから大声を出すなよ」
尾形さんは手綱を取り、馬を落ち着かせている。
「で、でも……」
「心配するな。馬についた血は乾いている。馬主が襲われたにしても、すぐ近くじゃねえし、いてもしばらくは『獲物』にかかりきりのはずだ」
「はい……」
「馬は夜目が利く。演習は中止だ。こいつに乗って町まで戻るぞ」
「は、はい……」
昼間の教えはどこへやら。私はガクブルして言われるままだった。
そして馬に乗ろうとしたが、
「お、尾形さん、の、乗れな――」
「手間のかかる新兵だ。今度は馬の乗り方も教えてやらんとな」
両脇を持って身体を抱えて馬に乗せてもらう。
子供みたいで恥ずかしいな。
うわ! 揺れるし! 馬が嫌がってるし! 早く下りたい!
「しっかりしろ」
そう言いながら尾形さんは私の後ろに飛び乗ろうとした。
私は落ちるまいと馬にギュッとしがみつく。
そのとき。
「!?」
突然、馬がいなないた。
「しまった……!」
という尾形さんの声が聞こえる。
どうやら私がつかまった瞬間、たまたま近くの枝に服がかすって跳ね――馬の尻を叩いたらしい。
怯えて過敏になっていた馬はいななき、突然走り出した。
――尾形さん!!
必死に馬にしがみつきながら振り向く。
背後では馬から振り落とされた尾形さんが、よろめきながら起き上がるところだった。
暗くて表情は見えない。だが。
「梢ーっ!!」
大声を出すなと言ったのに、あんな大声を出しちゃってまあ……。
でもそれきり、尾形さんの姿は闇に紛れて見えなくなっていた。
…………
…………
数日後。
あー、死ぬ。何かもう、マジ死ぬ……。
私は馬の上でぐったりと揺られていた。
どこに向かっているのかも分からない。
私は北海道のどこかを馬に乗って放浪していた。