【尾形】うちの庭が明治の北海道につながってる件【金カム】
第2章 月島軍曹&鯉登少尉
アホだった。ふと考えてしまったのだ。
『あの庭の向こうに行ったらホントに明治の北海道に行けるんじゃね?』と思いついた。
軽い気持ちで庭の生け垣を越えた。
もちろん山中を遭難するつもりはなかった。
ちょっとタイムスリップを楽しんで、安全な現代日本に戻るつもりだった。
でも生け垣を越えたら本当に目の前に、百年前の北海道が現れたのだ。
身体の芯まで凍る寒さ。原初のいぶきを感じる山林。そして果ての無い雪。
むきだしの荒々しい自然に圧倒された。
で、いつの間にか、うっかり生け垣から手を離してしまった。
多分、それがいけなかったのだと思う。
戻ろうと古民家を振り向いたが、そこには北海道の冬山が広がるばかりであった。
いつの間にか、令和に帰る道が閉ざされていたのだ。
あとはパニックに次ぐパニックで、ホントに遭難した。
地元の猟師さんにたまたま会わなかったら、私は人知れず百年前の北海道の大地に還っていたことだろう。
…………
で、自分の身元を話すのに難儀しております。
私の心臓をさらに串刺しにするかのように、他の兵隊さんが部屋に入ってきた。
「発見場所付近の西洋人の牧場などを当たりましたが、皆、彼女に心当たりはないと」
「ふうむ。実に摩訶不思議。さて、貴女は一体どこから来られたのか!?」
鶴見中尉は芝居がかった仕草で天井を仰ぐ。
逃げるか? いや部屋の入り口には見張りの兵隊さんがいるし、この中尉さん自身もヤバい人な気がする。
彼は珍獣を眺めるように私の周りをぐるっと一周。
「それにその格好も……」
中尉とやらは私の格好に興味があるのようだ。
今の私はダウンジャケットとジーンズにアウトドア用のスノーブーツ。
この時代の人間にはありえない格好だ。
「貴女の外套は軽いのに実に丈夫そうだ。今、海外ではそのような装いが流行りですかな?」
ダウンジャケットに使われているポリエステルとナイロン。どちらも四十年以上先の発明品!!
「す、すみません。父にもらったものなので……」
「お父様が手に入れられたと? 失礼ですがお父様はどのようなお仕事を?」
「さ、さあ……父の仕事はあまり知らなくて」
冷や汗しか出なかった。