第1章 つかの間の恋
翌日、昼過ぎに市場に行くと、既に阿伏兎は入り口に立っていた。
「お待たせしました」
「いや、俺が早く来ちまったんだ。嬢ちゃんとデートだと思うとそわそわしてな」
不意に言われ、気恥ずかしさを隠す為に、私は子どもみたいにそっぽを向く。
「だから嬢ちゃんじゃないです。人妻です」
「そーだったな」
笑う阿伏兎に、熱くなった頬を見られぬように足を速めた。
昨日買った大量の食品は、やはり半分以上食べられてしまったようで、阿伏兎は昨日以上にどんどん荷物を増やしていく。
あれだけの量を一晩で食べてしまうなんて、一体どんな大柄な男なのだろうと思ったが、阿伏兎から団長は小柄で私より年下だと聞き、心底驚いた。
「そんな若い人が団長なんですか」
「まぁ、ありゃー悪ガキがそのまんま大きくなったようなもんだな。世話がやけるんだ」
「なんか、阿伏兎ってお父さんみたい」
「そんなに歳じゃねぇよ」
話ながらも、阿伏兎の荷物は更に増えたが、彼は器用にそれらをまとめ、軽々と片手に担いだ。
昨日と同じカフェで休みながら、お互いの産まれ故郷の話を少しした。
徨安はいつも雨か曇りで、だから夜兎は日の光が苦手なのだと、阿伏兎は傘を持ち上げて見せ、幸い昨日と今日は曇りだから、あの大荷物を担いで傘を差さずに済んで助かったと笑った。
私が地球で産まれた事を話すと、阿伏兎は懐かしそうな目をした。
「ほぉ、嬢ちゃんは地球で産まれたのか。良い星だよな。あそこは」
「そう?」
「あぁ、賑やかで、面白い奴がいっぱいいる。良い女もな」
「何それ」
「帰りてぇと思わないのか?」
「うん。別に。家族もいないしね。阿伏兎は?徨安に帰りたいと思う?」
何気なく聞くと、阿伏兎は遠い目をし、小さく「さぁな」とつぶやくと黙ってしまった。
静かになったテーブルの上で、アイスティーの氷がカランと鳴った。