第11章 腕っ節のない女
ぽかんとしたまま事実に驚くばかりの『名前』にカリーナは思った通りの反応だと笑った。
「ウシシシッ!そんな顔すると思った!」
「……嘘」
「ここまで話してそんなこと言うと思う?──さてと。」
もうひとしきり喋り終わっただろうとカリーナは立ち上がり、一度伸びをした後『名前』に向き直った。
「あなたが眠っていた間のことはそれだけ。あと伝えることがあるとすれば……目が覚めたとはいえ、しばらく安静にしたほうが良いってドクターが言ってたわ。──じゃ、そろそろ私も持ち場に戻ろうかしらね。」
「……っ、カリーナ!」
話された事実に気を取られ、役目を終えたと帰ろうとするカリーナを慌てて『名前』は呼び止めた。カリーナは背を向けていたが、半身をこちらに向け首を傾げ立ち止まる。
「何?」
「……ありがとう」
「!──シシッ、そのお礼ちゃんと皆にも言いなよ。」
彼女は輝かしい笑顔をしてそう言うと今度こそその部屋をあとにした。『名前』は彼女に手を振りつつ見送り、部屋に一人きりになったことを実感すると一度深呼吸をした。まだカリーナから話された事実を咀嚼しきれていないからだ。
そうして完全に飲み込めていないながらも、『名前』は天井を見つつ ぽつりと呟いた。
「……私、もしかしたら皆のこと勘違いしてたかも」
今回のことを含めて、この船に勤めることになってからずっと。私は自分自身が何の能力も持たない一般人だから、周囲に邪険に扱われたって異論はなかった。だけれどもしそうならば、私はここまで皆に心配されることはなかっただろう。
さきほどカリーナが手に取っていた時計があるサイドテーブルに目を向ける。少し遠いから詳細は見えないが、色紙とともに花や肉や果物などが置かれているのが見えた。色紙の字を見るに事務処理でよく見る字体。部下たちの字だろう。
私は両親関係が複雑だったり人並みの恋愛をしていないとはいえ、義両親からはたくさんの愛を受けたし、現世にいた友人に風邪をひいたとき心配して貰えたり全然あった。けれどこんなに多くの人に心配される経験はなかった。
私は映画に映る彼らやまつわる資料だけを見て、人を理解した気になっていたことを反省した。
「信じられないけど……カリーナが言うならテゾーロだって…………」
──それでも彼だけはどうしても、口ごもってしまう。