第11章 腕っ節のない女
「……──ん。」
おぼろげな、ぼやけた意識のまま。『名前』は目が覚めたのかわからないまま意識を取り戻した。霞む目を擦りながら身を起こすと、今自分は路地で寝転がっていたことに気づく。
ひとつ分かるのは──ここはグラン・テゾーロでは無いということ。
「つまり……夢か。」
そう理解した『名前』はしばらく身を起こしたままぼうっとして見たが、いつまで経っても何も起こらない。このままでは目が覚めないのだろうなと何となく察して立ち上がり、その路地を目的もないまま歩くことにした。
少し寂れた街並み、白く霞む雰囲気は雪が降っているのではなくこの街が持つ特徴のようだった。『名前』はひたすら歩いてみたがここで一つのことに気づく。
「私ここ、知ってる──?」
人にはデジャヴというものがあって、多くの人が見たことがあると感じ、来たことがあると感じる人や物、場所があると聞いたことがある。それは人間心理のなす物であり存在を知っていたが──それとは違う。
私はこの場を歩くだけで記憶の中にある、確かに覚えのある町だと確信した。だが勿論、今 私が何処にいるのかこの街の名前は何か。何もわからないし、正直馬鹿げた話ではあるが私はここを訪れたことがないことも確かだと思えた。
──それでも、ここは私の知っている場所なのだ。
「でもなんでそんな場所に私はいるんだろう?そういえば何か、忘れてはいけないことがあったような……」
夢だから以前の出来事自体ないのだが、すぐ目を覚まさなければいけない気がする。けれどどうしても思い出せない。
そうして『名前』は思い出そうとしていると、ふわりと風に乗って歌声が聴こえた。美しい、消えてしまいそうな声が。なんて美しいんだろうと心から思えた。こういう街に金の卵は眠っているというのもよくある話だがまさか目の当たりにするとは。
「どこからだろう、テゾーロに紹介したらすぐにでも引き込みそうだな……ん?」
「……」
歌声の元を探そうと見渡していると前方から人気を感じなかったこの街に来て、初めて人影が歩いてくるのが見えた。
「あの人ならこの街について知ってるかな……すいません──あれ?」
途端、目の前の視界が砂嵐がかかったように崩れていく。あと少しでこの街が何かわかったかもしれないのに……と『名前』はまた意識を手放した。