第11章 腕っ節のない女
「可哀想になあ、債務者を庇うからそんなことになるんだよ!ギャハハハ!」
「……」
一方殴られた『名前』は地に染まる自身が作った血溜まりと酒の香り、そしてほのかに霞む視界に意識を保つことで精一杯だった。
それに男の言葉を言い返さなくとも、私かこうしたことで男によってリッカを失うかもしれなかったと思うと正しいんだと自覚できる。何より、目の前で子供を守れなかった自分の方が嫌だろう。
「……(これでいい、耐えろ……手放すな意識を──!)」
そう彼女が考えを整理していると立ちつくし俯いたまま黙る私を心配したのかリッカが前に回り、心配そうな顔でこちらの顔を覗き込む。『名前』は精一杯微笑み返した。
「なんで俺なんか、おばさんごめんなさっ……」
「!ふはっ……おばさん……でいいよ、もう。」
これだけしてもおばさん呼びは変わらないんだなと逆に笑いが込み上げてきた『名前』はまだ汚れていない手でリッカをそっと撫で、意を決して目の前に立つ男の方へ向き直った。
「なんだ、まだなんかあんのかよ」
「……いや?……テメェらクッソダセェなって」
「は!?」
煽られた男は眉間に皺を寄せてこちらを睨みつける。それを無視して『名前』は少し荒れた息のまま思いの丈をぶつける事にした。
「ふっ……ははは、債務者だろうがなんだろうがこの船で働く以上私たちの仲間──テメェは正当化されねェよクソ野郎ども」
濁る視界と意識を必死に手放さないように、そしてそれを悟られないように、『名前』は血と酒で濡れた髪をかきあげつつ言いきった。そんな扱いを久しくされていなかったリッカやダブルダウンらはぽつりと彼女の名を零す。
「おばさん……」
「『名前』……」
対して男らは目の前に立つ腕っ節もない、非力な女に説教されたことにプライドが傷つき、ワナワナと震えていた。周囲の見物客もどちらかというと"女に手を挙げる卑怯な男たち"という蔑みの視線を彼らに向けている。それが更に彼らを追い詰める結果となった。
特に彼女を殴った先頭に立つ男はその事実が耐えきれられなかったのか、割れた瓶を持つ手が大きく震えている。
「な、なんなんだよお前、女のクセに!」
「あ゛ぁ?……そんな考えでこの船で、いやこの海でデケェ顔してんじゃねェよ」
「〜〜〜っ力もねェやつが、俺の上に立つんじゃねェ!」