第11章 腕っ節のない女
「!」
顔を伏せていた間に彼が私の横に来ていたとは思わず私は軽く痙攣した。どうやら彼が手に取った書類に関してはもう仕分け終わったようだ。片側に大量の紙束、多分大方ナシだったんだろう。
「お前は情緒豊かだな、なあ」
横にいる彼は飼っているペットをかわいがるように、『名前』に声をかけて彼女の頭を撫でた。不覚にもそれが少し嬉しく感じてしまう自分に『名前』は悔しくなる。顔を彼に向けずに横を向いたまま返事をした。
「……私は玩具じゃないんですよ」
「?ああそうだな」
「なら何故こんな扱いをするんです」
そう言うとテゾーロはくすくすと笑い今度は少し荒く彼女の頭を撫でた。
「私の所有物なら当然だろう、たとえそれが人であろうとな」
そういい撫で続ける彼に諦めを覚え、ああ化粧が崩れただろうなとか髪の毛もちょっと直さないとなとか違うことを考えていた。しばらく撫でたあと、ああそういえばと彼が思い出した素振りをし問いかける。
「この間の怪我の調子はどうだ」
「……ああ、それは医務チームのおかげでだいぶ治りました」
この間の怪我とは以前テゾーロに恨みを持った、この船にいる債権者の海賊達が私に襲いかかって来た際に受けた傷のことだ。もしあの時クロコダイルが助けてくれなければ私は今頃彼らに売り飛ばされていただろう。どこかに。
あの時それはそれは乱暴に腹を蹴られたが幸い臓器の損傷は無く大事に至らず済んだ。一時は無気力になるくらいには痛かったのだが。
「最初の頃よりは痛みもだいぶマシですし痣もひいてきてますよ」
「そうか」
心做しか彼の撫でる手つきが優しくなる。少しはいたわってくれているのだろうか、彼の意に反しない限りはいい上司だ。(その意が厄介すぎるのだが)
「そういえばあの時襲われたのは私だけだったんですかね」
「! ……ああ」
「それは、よかった」
もし私がクロコダイルに助けて貰えたのに対して、ホテルにいる仲間や賭博場の誰かが被害に遭っていたら……。もちろん私のせいではないとわかっているが、もしこれが必然だった出来事だとしても、外から来た私が来たことで被害に遭わなかったはずの誰かにまで及んでいたらと思うと心苦しい。
……今後こういうことがあるのなら、もう少し私は周囲に与える影響というものを考え直さなければならない。