第10章 砂と予兆
微かな震えに気づき動揺した彼を見逃さなかった男は鼻で笑いつつ話を続ける
「彼女を見逃した意味も、大切な部下も失いたくないだろう?」
「……」
脳裏にふと、自分がこの男どもに無理やり脱獄させられた時のダズの顔が浮かぶ。
彼は直接的にこちらに何かを言うことはないが、もう麦わらの一味に倒されともに収監され、上下関係がなくとも助けようとしてくれた。
だからといって恩義を感じるようなことも無いが、ただその姿が何気なく目に焼き付いてしまった。
そして場所は変わりこの男どもの差し金に襲われているであろう彼女を──『名前』の後をつけていたときのことを思い出す。
別に助けようと思っていなかった。ただこいつらが俺を無理やり脱獄させてまで殺そうとする一般人を、そこまで執着するその理由を知りたかっただけ。それはたまたまホテルの屋上で一服していた際に会った時から変わらない。ただ、追いかけて船の端まで来た時に
──
『少なくとも私は……いや、クロコダイルはインペルダウンに戻って貰わなければならない。まだその時じゃないから……』
──
……そう独り言を言っていた彼女の──真意を知りたいのだ。
このままこの男どもの手によりこの世を彷徨っても今の俺には意味が無い。ただただ面倒くさい追っ手から逃げ続けることになるだろう、それは不本意だ。
その上脱獄は勿論考えていたしこれはまたとないチャンスだとわかってはいるが、それが自らの手ではなくこの素性も知らない奴らの手でというのは気に食わない。
──どうせ誰かの思い通りになるならば、『名前』の思う何かに賭けたくなったのだ。
クロコダイルはしばらく男に鉤爪を向けたまま黙っていたが、諦めたようにため息をつき、その手を下ろした。
「言っておくがあの女もダズもどうでもいい。俺はお前らの思い通りになりたくねェだけだ」
「なんとでも──さあ牢獄へ戻ろうじゃないか、安心しろ。未来が元通りになるだけだ。」
そして男は何か能力を使用し、その場にブラックホールのような歪みを生み出す。
男とその仲間、そしてクロコダイルはその穴に躊躇なく入り、輝かしいグランテゾーロとは真逆の、ダウンタウンよりも深く暗い闇の中へと消えていった。