第9章 決意
でしょうね、とまた彼はするるると笑った。
「テゾーロ様は簡単に情けをかけるような方ではありません。少なくともこの船の頂点に立つ以上はそうでしょう」
「……ですね」
テゾーロの設定が脳裏をよぎる。そう、彼は心の中では誰も信用していない。それが根底にある。
だから自分に利がない以上は情けなんて人にかけないだろうし、借りをつくろうとはしないだろう。
「けれど、とても私に利などあるとは思えないんですけれどね」
「何故?」
「私は雑務や事務作業で精一杯な一般人ですから」
「!そんな卑下されなくても___」
「けれど」
「!」
「せっかく彼が私にチャンスをくれたんです、これがどんな理由だとしても……私は私なりに、尽力を努めます」
そういう『名前』のなぜか頼り強く感じる姿にタナカさんはふと見とれ、彼女の瞳がどこか煌めいた気もした。
それと同時に彼女についてを再認識する。
……彼女はテゾーロに助けられたとはいえ、奴隷となり生き延びるだけでなく、その座で天竜人を操るような立ち回りをしていた。
タナカさんにとってこの時点でテゾーロが気に入るのもわかるが、まさかその後船の滞りを解消して、前回の騒動で結果的にドフラミンゴにも気に入られている。
そして今も、彼の雑な、急ごしらえの助け舟ひとつで窮地を容易に切り抜けている。
___これらを経た上で五体満足に生き延びている豪運さ、彼女は彼女が卑下するような存在ではない。そう、彼の中で感じていた。
運が全てのこの船において、彼女の豪運さを一時の気まぐれで失うことかどれだけ後の損失が多いのか。
……これも全て彼の憶測でしかないのだが、同じくこの船の中ではその理由で充分だ。
タナカさんもまた、彼女に賭けたということになる。
「……するるるる 私が貴方に手を貸したこと、きっと後悔しません」
不思議と彼女には期待に値する腕っぷしの強さや賢さはないと知っているにも関わらず、この船をでて海に放たれれば人混みの中に消えてしまう存在だと理解しつつ
彼の中にはただ 彼女に賭けてみたい という気がふつふつと湧き出ているのを感じていた。
「ふふ、善処します」
そんな思惑ひとつ気づかない『名前』はそう言ってただ微笑む。
それ以上の言葉を交わすことが不必要と互いに思えるほどに信頼関係を築きあったことを理解し合った。