第9章 決意
自身から一人分あけた隣に生まれたその穴を『名前』は見つめる
「……ここを通っても対価はいらないの?」
「ああ、創作物どうしなら大丈夫。対価が必要なのは現世に行くか、それを超えた時だけだから。」
強いて言うならば時の進み方が違うだけ、と彼は付け加えた。
……全然強いて言うような内容ではないし、これまでにも彼の口から何度も重要そうなことを軽々と聞かされた気がしたが、まあいいだろう。
何せ次元を超えているのだから決まりがいくつあってもおかしくない。どうせ私は、きっと今後も振り回される。
ため息をひとつつき、椅子から立ち上がると『名前』はワープホールに近づいた。あと一歩て境界を超えるだろう距離で彼女は振り返る。
「……最後に、ずっと君の名前を聞いてなかったから教えて欲しい。」
「!、名前か」
そうだな、名前は必要だったな、と彼は呟く。どうやら彼の中では名前はあまり重要なものではないらしい。
「君の呼びたいように呼んでくれたらいいけれど……そうだな、この前の世界では"『青年』"と呼んでもらっていたよ」
「そう……じゃあ『青年』、またよろしくね。」
「もちろん」
『名前』は彼が返事したのを確認するとにっこり微笑んで前へ進み、そのままワープホールとともに消えた。
彼女が消えて静かになった小屋の中。『青年』は一人、思いに耽ける。まさか『名前』があんなに強い人だとは思わなかった。
「異世界……現世の人間は優遇されるべき存在、それがこの世の道理だと思っていたけれど、最初からまた見直さなきゃいけないのか?」
コエコエの実の能力で、幾つもあるパラレルワールドを利用しその人の生きやすい世界に連れてくる。それが俺にとってこの力を持つ者の使命であり、やりたい事だと思って生きてきた。
今まで変わらなかったこの決まりが破られた今、少なくともこれまで以上に彼女を気にしなければならない。
なぜなら彼女もまた、幸せになるべき人なのだから。ただ住む世界を変えれば良かっただけなのだ。
「……はぁ、とはいえあの様子だと当分は大丈夫だろうけど。……にしてもおかしいな」
今後の心労を察してため息をつく。変わらず青く広がる窓の外に目を向けた。
「___なんで彼女はあの精神力と世界の知識を持っていたのに、天竜人の奴隷になったんだろう?」