第1章 嘘つき
その日の帰り、山田さんの運転する車に他の女の子達と乗り込み、それぞれの家まで送ってもらっている時、私は眠気に襲われ、ウトウトしてしまった。
気が付いたのは、山田さんに肩を叩かれた時で、車中には私と山田さんしかいなかった。
「よく眠ってたから、皆先に降ろしたんだ。もう◯◯さんの家だよ」
「すいません、つい寝ちゃって」
髪を撫で付ける私の顔をじっと見て、山田さんは静かに聞いた。
「さん、もしかして最近眠れてないの?昨日も車で眠そうにしてたよね」
「え…」
「これでも店の女の子の事はちゃんと見てるんだよ」
「あ、あぁ。そうか。そうですよね」
「何かあったの?僕で良ければ聞くよ?」
山田さんがあんまり優しい声で言うから、私の口からは、煙草の煙みたいに言葉が溢れた。
今日はちょっと飲み過ぎたのかもしれない。
「…分からなくなっちゃう時があって」
「ん?」
「お店で、誰に対しても嘘の名前で嘘の話ばかりしてるし、歳も三つサバよんでるし、なんか、眠ろうとしてふと素になった時、本名とか実際の年齢とか、どんな子供だったか、どんな親だったかとか、何が本当で何が嘘だったか、自分でも分からなくなる瞬間があって、なんか、怖くなってきちゃうんです」
そこまで話して、すぐ後悔した。
何言ってるんだと呆れられるか、ドン引きされるに決まっている。
なんちゃて、とか言って笑おうとするけど頬が上手く動かせない。
焦っていたら、山田さんがポツリと言った。
「分かるよ」
「え?」
「僕も、嘘つきだから」
驚いて顔を上げると、山田さんは寂しそうな目をしていた。
私は何も言えなくなって、頭を下げて車を降りた。
部屋の窓から外を見ると、山田さんはいつもの笑顔で手を振ってくれていた。
その日から、送る順番は私が最後になった。