第1章 嘘つき
出勤時に身に付けるもの。
ハデめな化粧、軽薄な衣装、作り笑顔、源氏名、ウソっぱちな「身の上話」。
私の職場は歌舞伎町にある、ぼったくりキャバクラだ。
同じようなものを装着した女達が、毎夜バカな男の相手をする。
男の膝に寄りかかり話す子供の頃の話も、控え室で同僚相手に話す家族の話も、どこまで本当かどこまで嘘か、誰も知らない。
そんな日々を、嫌だともみじめだとも思わなくなって、どれくらい経つだろう。
私は首をすくめ、店へ向かう足を速めた。
少なくとも最近二つ、少し楽しい事が出来たのだ。
一つめは。
「ニャーン」
店と隣の店の間にある細い路地に今日もいる、この野良猫だ。
白と黒の縞で、右後ろ足にホクロみたいな丸い模様がある。
私の姿を見ると足元にすり寄り、エサをねだるのが可愛くて仕方ない。
バッグからごはんと鰹節が入ったタッパーを取り出し、食べている姿をじっと見る。
すると、
「さん?」
不意に後ろから声をかけられ、びっくりして前のめりに転びかけた。
「ひゃっ!」
「うわっ、大丈夫?」
そう言って手を差し出してくれたのは
「山田さん…」
最近入った黒服の、もう一つの楽しい理由。
「ごめんね、びっくりさせちゃったみたい」
「…いえ」
差し出された手をつかめず、自力で立ち上がると、いつの間にか猫はいなくなっていた。
「あの猫、餌付けしてたのさんだったんだ。この時間になるといつもここに、誰か待ってるみたいにいるから」
「あ、はい。アパートだと飼えないし」
「猫、好きなんだ?」
「猫っていうか、動物が。嘘、つかなくていいから」
「うん?」
聞き返した山田さんに、私はあわてて首を振った。
「何でもないです。あ、開店準備手伝いますね」
山田さんの返事を待たず、私は店の裏口へ向かった。