第1章 1
チャイムに続き玄関のドアをあける音。
軽やかな足音がパウダールームの方へ向かった。
お嬢様は帰宅後、真っ先に手を洗う。
帰ってきた……!オレのお嬢様がやっと帰ってきた。
川島は、なぜか緊張して鼓動が速まるのを感じた。
「ただいまー。遅くなっちゃった。携帯忘れてて連絡できなくてごめんね……川島、いないの?」
リビングから明るく澄んだ声が聞こえる。
慌てて腰をあげた。グラスを倒しそうになる。
お嬢様が川島のいる部屋のドアを開け、顔だけ覗きこみながらいった。
「こんなとこにいた!あ、ずるい。自分だけワイン飲んでる」
何も言葉を返せずにいると、お嬢様がグラスを片手に川島の隣に座った。
「わたしにも頂戴」
「はい……あの、お嬢様」
「ん?」
「お帰りなさいませ。ご観劇はいかがでしたか?」
やっと、それだけがいえた。
感想を訊かれ、マシンガンのように話し出すお嬢様にワインを注ぎながら、川島はまったく別のことを考えていた。
アルコールがまわり、ドス黒く粘ついた感情に汚染された脳みそで――。